1月号
世界の民芸猫ざんまい 第八回
「我輩は 黒猫 である」 ゴッホが愛した広重浮世絵
中右 瑛
猫が主役の広重の絵「名所江戸百景・浅草田圃酉の町詣」をご紹介しよう。
吉原遊女の愛猫が独り、二階座敷から外の景色を眺めている。格子窓越えに見える黄昏 の富士山、空にはねぐらに帰る雁の群れ、田圃道には浅草酉の市に向かう人たち。静かな風景だが、画面からは見えないが酉の市で賑わうようすが想像できる。
室内には手ぬぐいや熊手型のかんざし、枕紙などの小道具。花魁の姿は見えない。
白猫の後ろ姿がなんとも寂しそうである。外界と鎖された遊郭、篭の鳥・遊女の哀しみの心象が猫に託されているようにも感じられる。単なる風景画ではない独特の広重センチメンタルの世界が画面に漂う。
このセンチで抒情の広重絵に惚れ込んだ画家がいた。
ころは世紀末(19世紀)、フランスで浮世絵ブームが発端となりジャポニズム旋風が巻き起こっていた。ビンセント・ヴァン・ゴッホがジャポニズムに傾倒したのは死の直前の数年間、ゴッホは広重の風景画に魅了され、画材店主タンギー爺さんの店に沢山飾ってあった広重の絵を見て自分の絵と交換してもらって浮世絵蒐集をしたといわれる。オランダ国立アムステルダム・ゴッホ美術館には、ゴッホが蒐集した広重などの浮世絵が何百点も収蔵されているのが証拠である。自分の絵がまったく売れないのに高嶺の花だった浮世絵を集めたのは涙ぐましい。
広重に傾倒し日本に憧れ、行きたいと思えど行けず、ゴッホは広重の絵を模写することで江戸の街を遊んだに違いない。ゴッホが模写したのは、上記と同じシリーズの「名所江戸百景・大橋あたけのタ立」や「同シリーズ・亀戸梅屋敷」である。
広重が描くセンチな江戸の風景画に、ぞっこん惚れたゴッホだった。
■中右瑛(なかう・えい)
抽象画家。浮世絵・夢二エッセイスト。1934年生まれ、神戸市在住。行動美術展において奨励賞、新人賞、会友賞、行動美術賞受賞。浮世絵内山賞、半どん現代美術賞、兵庫県文化賞、神戸市文化賞、地域文化功労者文部科学大臣表彰など受賞。現在、行動美術協会会員、国際浮世絵学会常任理事。著書多数。