11月号
「ボキューズ・ドール世界大会」に出場する髙山英紀シェフへ 藤井 芳夫さん<藤井内科クリニック 院長>
「一口食べ、笑顔になる」
その心はきっと厳しい審査員の心を動かすに違いない
2015年、フランス・リヨンでフランス料理のワールドカップであるボキューズ・ドール世界大会が行われ、日本代表の髙山シェフは世界第五位に輝いた。髙山英紀シェフは再びチャレンジ、2017年にはボキューズ・ドール日本大会を制し、さらに2018年5月にはアジア・パシフィック大会をダントツの一位で突破し、いよいよ2019年1月のボキューズ・ドール・フランス本選に向けて厳しい道のりを歩んでおられる。心から声援を贈りたい。
髙山シェフとの出会いはシェフのレストラン。本誌にも度々紹介されている一つ星レストランの「メゾン・ド・ジル」であり、そこを任されていたのが髙山シェフである。今はレストランの名前は「メゾン・ド・タカ 芦屋」(髙山のタカをとっている)となっている。いままで料理で感激したことはめったに無かったが、初めて髙山シェフの料理を味わって、その美味しさ、繊細さに感動した。それからシェフの料理に魅せられて何回か通ううちに親しくなり、自家製のハチミツを2㎏ほど贈呈した。すると美味しいフィナンシェになって返ってきた。
私は老人ホームの屋上でミツバチを飼っており、採蜜のことをお話ししたら是非見たいということでホームの屋上まで来てくださった。以前にも紹介したが、私は垂水区で有料老人ホームの運営にも携わっており、高齢者の楽しみは、食べることと確信している。お風呂ではない。ホームの食事は決して悪くはないのだが、入居者さんも飽きてくるのか食が細くなることがある。あるいは老衰で誤嚥するようになると口から物が入らなくなる。ハチミツが縁で当ホームには月に一回、髙山シェフに来ていただいているが、普段食が進まない方でもシェフが作ったスープやデザートは完食なのである。いくつになっても美味しいものは食べたいのである。私も髙山シェフのスープは大好きである。美味しい。しかし、食事があまり入らなくなった入居者さんのため、また多少の嚥下障害がある方のためにトロミ剤を使わずフランス料理の手法を生かした嚥下スープ「幸せのスープ」やデザートを提供していただいている。
髙山シェフは目の前で食事をする高齢入居者にとってどの料理が食べやすいか、どの料理が好まれて食べられているか、じっと観察されて改良すべき点を考察されている。また同じ高齢入居者の嗜好の変化や、認知症の方が「美味しくない」と言いながら髙山シェフの作ったスープを完食し笑顔になるのも見逃さない。「認知症の方にも飲み込みが悪くなった方にも少しでも美味しいものを味わっていただきたい」との趣意である。メニューとしてはカボチャのスープとかニンジン、カリフラワーポタージュやイチゴのスープも含め10種類ほどある。このことが、関西テレビの「報道ランナー」に取り上げられた。当ホームでは2人の90歳代の女性が対象となった。一人は6か月以上シェフのスープしか飲んでいない女性。もう一人は最近食事が摂れなくなり、普通食からシェフのスープに切り替えを検討していた女性である。
シェフのスープしか飲んでいない女性はそのスープを美味しそうに食べ、髙山シェフが「お味は如何ですか?」と声を掛けると、嬉しそうに「まあ、こんなもんですな」と照れながら褒めていた。もう一人の90歳代の女性は、前日の昼食に炊き込みご飯を出されたとき、「美味しそうだけど欲しくないの」とほとんど口にしなかったが、翌日髙山シェフのスープを出したところ、一口食べて「お世辞ぬきで、本当おいしいわ」と言いながら次の一口が無かった。テレビスタッフが諦めて女性の部屋から外に出て栄養士から話を聞こうとしたときに、一人になった女性はゆっくりと一口二口食べ始めた。時間はかかったが完食された。この一部始終が映像に映っており、これを観て感動した。やはり髙山シェフのスープは素晴らしい。入居者の女性は、正直に髙山シェフのスープに反応してくれたのだ。髙山シェフの嚥下スープ「幸せのスープ」は髙山シェフと兵庫医科大学教授・道免先生と共同開発しているが、他のトロミ剤を加えた食品に比べ、格段に美味しいことがこの嚥下スープの特徴であるとアピールされていた。誰もが認めるおいしさである。
髙山シェフが高齢者や飲み込みが悪くなった患者さんにこのような嚥下スープを作るきっかけになったのは、髙山シェフのお父様の肺がんだ。抗がん剤治療中は強い吐き気などの副作用で食べられなくなることがしばしば経験されるが、髙山シェフは父親のために少しでも口から食べられるようにと食事を手作りした。いろいろ工夫して食べてくれるようになると家族も喜んでくれたことがきっかけになったという。そして「食べられなくなった人が一口美味しいと感じて、自然に手が伸びていって、また一口食べ、笑顔になる。それを見た瞬間、自分の中に喜びと活力を感じる」と言われる。「食べて良かったと思ってもらえるような物を作りたい。そのためには、例えば玉ねぎを香ばしく焼く、こういう作業が大切で、そうすることによって香りがスープに移動するのです」と髙山シェフの思いは尽きない。
髙山シェフは世界一のフレンチ・シェフを決めるボキューズ・ドール世界大会にリベンジされている。来年1月、日本代表としてフランス本国での世界大会に2015年第5位の経験を活かし表彰台を目指す。参加国は選ばれた24ヵ国だけ。チーム・ジャパンとして2人のシェフと1人のコーチが付く。応援団だ。前回のボキューズ・ドール世界大会では、アジア・パシフィック大会から大変な苦労があった。例えば現地では手に入らない食材を持ち込もうとして税関で通らなかったり、食材を盗まれたり捨てられたり、持ち込んだ調理器具が電圧の違いのためか突然壊れたりした。それでもスタッフが一丸となって協力して危機を乗り切った。髙山シェフの人徳によるものだと思われる。今回はその経験を生かして、しっかり準備されていると言う。味覚も好みも日本人と微妙に違う欧米の審査員に日本らしさをアピールすることも求められる。料理は一番大事だが、それだけでなく、料理を飾るお皿やその上に乗る日本らしさを演出するオブジェなど、職人さんといっしょになって考えることも必要だ。
一方、ボキューズ・ドール世界大会上位クラスは、国が予算を付けて後押ししているのに対し、我が国の援助はなく、毎日の業務もしながらよく奮闘されていると思う。料理のテーマは大会の直前まで知らされないが、9月の終わり頃、フランス産の仔牛に決まったそうだ。「食べられなくなった人が一口美味しいと感じて、また一口食べ、笑顔になる」。その心はきっと厳しい審査員の心を動かすに違いない。髙山シェフ自身の心の安定は必須で、妙心寺での座禅も欠かせない。フランス・リヨンでの本選へ向けて皆応援しています。