5月号
神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 第65回
剪画・文
とみさわかよの
前衛書家
前田 敦子(まえだ あつこ)さん
白地に墨が踊り、飛び、一見文字に見えない不思議な形が浮かび上がります。前衛書は墨象(ぼくしょう)とも呼ばれ、並ぶ作品はまるで象形文字のよう。「でも基本はあくまで古典です。品格のある創作は、古典を繰り返し学ばないとできません」と言うのは、前衛書家の前田敦子さん。社中「愛前会」を率い、指導者としても定評のある前田さんにお話をうかがいました。
―書の世界に入られたのは?
始めは習い事として始め、学生時代に書写検定一級を取りました。亡くなった父が「結婚してからも続けられるものを持つ方がいい」と勧めてくれて、三木市出身で戦後書道の先駆者・上田桑鳩先生の流れを汲む飛雲会に入会し、師となる上松杜暘先生に出会います。でも実は、絵が好きだったんです。小学校6年生の時埋めたタイムカプセルから、「将来は画家になりたい」と書いたものが出てきたくらいですから。
―絵も手掛けられたのですか?
書を教える立場になってからも、自分の中にずっと絵を描きたい気持ちがありました。それで洋画家の上尾忠生先生に教えて欲しいとお願いに行ったのですが、「書と絵の両立は無理。あなたは書をしなさい」と言われました。それで書に専念したのですが、書の世界でよき師に恵まれ、続けて来てよかったと思います。
―前衛書はデザイン的というか、絵画に近いような気もします。
前衛書は「言語の代用」という文字の本来役割を離れて創作します。筆が走り、心が走ることによって形が生まれ、形象が出て来る。前衛書は線、空間、表現を自ら創り出していこうとする意識が大切で、絵画と同じ自己表現なのです。私が前衛書を続けてきたのは、絵画的要素があったからかもしれませんね。ただ書は、絵のように長時間掛けて作品を完成させるわけではありません。イメージを作って、一気に書きます。
―イメージはどんなところから得るのですか?
旅先で自然の中に身を置いてみると、木々や山の形、海の波のしぶきなど、参考になるものがたくさんあります。思いがけず面白い句碑や看板に出会うと、とても嬉しくなりますね。
―パソコンやスマホが台頭し、紙に書いて伝える機会が減った現在、どのように「書」を普及しますか。
2014年に東灘区民センターで開催した「書の芸術祭」は、書の教育の普及・促進、特に次代を担う若い世代に書の楽しみを体験してもらうための取り組みでした。席上揮毫のパフォーマンスに始まり、参加者が「漢字」「仮名」「篆刻」「前衛」「子供書道」「ペン字・硬筆」のブースで制作し、最後に全員で1.8m×8mの用紙に寄せ書きをしました。センターの職員の皆さん、愛前会メンバーのサポートあっての催しで、参加者からは「楽しかった、先生方の作品は芸術ですね」との声が寄せられました。
―今や手で文字を書くこともワークショップなのですね。指導する時、心掛けていることは?
文字を書く時は、相手に不快感を持たさないように書きましょう、とよく言うんです。たとえば展覧会で賞をいただいたら、巻紙でお礼状を書く。そうやって感謝の気持ちを表せば、相手に伝わります。大切なのは字の良し悪しではなく心です。皆さんに心豊かに文字を書いて欲しい、という思いを持って指導させていただいています。
―これからの活動について、抱負を教えてください。
社中展として「愛前会展」はもちろん、「書の芸術祭」はぜひ継続したいですね。自分自身の個展や他ジャンルとのコラボ展も考えたいし、まだまだしたいことがいっぱいです。
(2015年3月26日取材)
社中の皆さんから「この先生だから続けてきた」と慕われる前田さん。これからも指導と創作活動に忙しい日々が続きそうです。
とみさわ かよの
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。平成25年度神戸市文化奨励賞、平成25年度半どんの会及川記念芸術文化奨励賞受賞。神戸市出身・在住。日本剪画協会会員・認定講師、神戸芸術文化会議会員、神戸新聞文化センター講師。