5月号
娘のために、本を書きました。|日本テレビ 映画プロデューサー 谷生 俊美さん
映画プロデューサーの谷生俊美さんは、39歳のときに「女性」として生きることを決意。日本で初めてのトランスジェンダーのコメンテーターとしてニュース番組『news zero』(日本テレビ)に出演し、話題になりました。
2023年8月に『パパだけどママになりました』を出版。神戸で育った子ども時代から親になった現在に至るまでを綴っています。そんな谷生さんを見守る高校時代の恩師から誘いを受け、今年3月、兵庫県立長田高等学校にて講演会が行われました。講演を終えての感想や本に込めた思いなど、伺いました。
長田高校での講演はいかがでしたか?
長田高校は伝統ある優秀な進学校ですけど、その進学校の男女の割合が半々になっていたのはよかったなと思いました。というのは、私は兵庫高校(兵庫県立兵庫高等学校)の卒業生なのですが、当時は7対3で男子が多かったんです。大学入試での女子減点問題が数年前にニュースになりましたけど、そんな時代だったんですよね。
1985年の男女雇用機会均等法の成立で女性の社会進出が進み、両親共に仕事をすることが当たり前になって、女性問題への理解が少しずつ改善されて…。そういう流れを経て、ちゃんと社会は変わってきてるんだな、と感じました。
高校卒業後は東京外国語大学、その後同大学院に進学し、
就職人気ランキング上位のテレビ局に入社されました。
「映画を作りたい!」と思っていたんです。でも日テレに入ったものの、希望していた映画からほど遠い報道局に配属されて、記者として当時は皆さんがそうだったように、バリバリ仕事しました。
カイロ支局長として赴任していた5年間は日本人1人という環境で、そこで私は、これまでになく考える時間をもつことができました。「女性」として生きたい。完全な女性にはなれないけれど、「トランスジェンダー女性」として生きようという決心をしたのはこの頃です。
トランスジェンダーとは?
「出生時にあてがわれた性とは違う性を志向し実践している人」と、私は考えています。人それぞれ捉え方が違う、難しい言葉です。
マイノリティへの理解は近年だいぶ進んできましたけど、問題はまだまだありますよね。“普通”からはみ出ると、“へんな人”になる。同質化圧力というのはなかなかなくならない。
そういう意味では、長田高校の生徒たちは、私のことを “普通” に受け入れていました。「質問がある人は控え室にどうぞ」とアナウンスしたところ、男女問わず多くの生徒たちが、それぞれの質問をもって話にきてくれました。
Z世代のいいところですね。
彼らは生まれながらに情報が多い。多様性を理解するうえではいい時代です。
上の世代だとそうもいかない。それは生きてきた時代も社会情勢も違うから。自覚の有無に関わらず、感じ方、考え方は時代そのものを映し込むものだと思います。
LGBTQからさらにLGBTQQIAA……。
性のあり方も多様だと知られるようになりました。
そういう概念があると知っておくことで、人を傷つけることは減ると思います。もしかしたら、悩んでいる人が身近にいるかもしれません。
発達障害について考えてみてほしいんです。私が子どもの頃は、そんな言葉知らなくて、学校生活のルールからはみ出ると、“へんな人” って言われました。でも今は研究が進んで、ADHDとかLDとか特性がわかってきて、広く理解されるようになりましたよね。それは優しさだと考えられませんか。だから私は、知見を深めることはポジティブなことだと思います。
本の中でもマイノリティの問題に触れています。
社会に物事を発信する仕事に就いているので…。
海外はマイノリティがはっきりしていますが、日本では見えにくいですよね。でも苦しんでいる人は、海外と同じようにいます。例えば、日本って、女性のマイノリティ性が1番わかりやすく不条理。これは世界から見ても、早急に、ポジティブに変わらなければいけないところだと思います。そういうことも、娘が生きていく社会が優しくあってほしいという願いを込めて書いています。
“優しい社会”にするためには?
差別ってよくないね、という共通認識をもつこと。
日々、愛をもって生きること。
歳を重ねるといろんなことが煩わしくなる。知らないことはシャットダウンして凝り固まっちゃう。受け入れることは難しくても、閉ざさずにいられたらいいですね。自戒を込めて言ってます(笑)。難しくはないはずなんです。見た目は嫌だけど、食べてみたら嫌じゃなかった、みたいな話(笑)。子どもたちが生きていくこれからの社会のために、フレキシブルに対応できる大人になりたいです。
取材協力トアロードデリカテッセン
text・田中奈都子
谷生 俊美(たにお としみ)
1973年、京都生まれの神戸育ち。東京外国語大学大学院博士前期課程修了後、日本テレビ入社。映画プロデューサーを夢見るも報道局に配属、社会部遊軍、外報部、社会部警視庁担当など男性記者として活動。その後、カイロ支局長。帰国後、再び外報部。編成局編成部に異動し「金曜ロードショー」「映画天国」プロデューサー。この頃から本格的なトランスを開始する。このあたりの経緯は本書に詳しい。
2018年10月より「news zero」に日本で初めてのトランスジェンダーのニュースコメンテーターとして出演。現在、グローバルビジネス局スタジオセンターにて映画プロデューサーとして活動。細田守監督『竜とそばかすの姫』、百瀬義行監督『屋根裏のラジャー』等を手がける。