2月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第十四回
公的医療保険と民間医療保険の違いと、TPPの影響
─公的医療保険とはどのような保険ですか。
大杉 みなさんすべてが加入している医療保険のことで、非常に身近な保険です。国民全員が加入するので、この制度を皆保険制度といいます。日本では当たり前になっていますが、国際的に見るとこれほど整備された皆保険制度を実現している国は日本くらいしかありません。公的保険は主に職域保険と地域保険に分類されます。職域保険とは仕事の内容で分かれており、一般の会社員の方は健康保険、公務員の方は共済保険、ほかに船員保険などがあります。地域保険は各市町村の国民健康保険などで、事業主や無職者など職域保険の対象外の場合は住んでいる市町村の国民健康保険に加入します。医師や税理士など専門職が加入する国民健康保険組合もあります。
─民間の医療保険について教えてください。
大杉 民間の保険と言えばいわゆる生命保険と損害保険ですが、そのいずれでもない医療保険は第三分野保険といわれ、公的医療保険での自己負担分や入院時の差額ベッド代などの補てんが目的となります。保険商品の種類によっては、病気や入院日数に応じた給付額が支給される場合もあります。テレビCMでよく宣伝されているがん保険は1974年に外資系保険会社が取扱を開始しています。第三分野保険は長い間外資系が独占し、日本の生命保険会社は特約として商品を販売していました。
─近年では日本の生命保険会社も民間医療保険に参入していますが、なぜですが。
大杉 2001年に国内の保険会社の第三分野保険への参入が解禁され、民間医療保険の自由競争がおこなわれるようになりました。一方で2006年に民間医療保険を含む生命保険会社や損害保険会社の保険金不当不払い問題が報道されたことも記憶に新しいことです。公的医療保険は強制加入ですが、民間医療保険は任意保険です。医療費の窓口負担額が高額になるケースを想定して民間医療保険に加入する方が多いと思いますが、日本では公的な高額療養費制度が整備されています。
─高額療養費制度とは何ですか。
大杉 例えばがんやけがなどで長期入院し、公的医療保険を適用しても窓口負担が高額になってしまった場合、年齢や所得により定められた1ヶ月間の負担上限額を超える金額を、払い戻ししてくれる制度です。
─政府が交渉参加を表明したTPP(環太平洋経済協定)が医療保険制度と深く関わっているそうですが。
大杉 TPPというと、農産物や工業製品のみが対象と思われている方が多いようですが、実はサービスも対象に含まれるのです。ですから、もしTPPに参加した場合、医療保険や医療そのものの提供についてもTPPにより非関税障壁の撤廃を求められることになります。
─非関税障壁とはなんですか。
大杉 関税によらず輸出入を規制に結びつく政府の政策のことです。例として、スーパーなどで売られている遺伝子組み換え作物には必ず表示がありますが、これも関税とは別の表示義務を政府が課しているものですので、非関税障壁とみなされます。非関税障壁撤廃を認めると、生活の安全を守るための規制が緩和されかねません。
─医療や医療保険制度にもその影響が及ぶのでしょうか。
大杉 海外では日本のような公的保険が整備されていない国がほとんどです。アメリカでは民間医療保険が主流になっていますので、経済的格差により受けられる医療の内容が異なり、裕福でないと必要な医療が受けられません。TPPに参加すると、国民の生命を守る皆保険制度が非関税障壁とみなされ医療保険制度の規制緩和がおこなわれるようになり、保険がきかないいわゆる保険外診療が増えてきて、アメリカのように医療格差が生まれてくるでしょう。また、現在規制されている営利企業による病院経営も容認されるようになり、海外企業による病院経営もおこなわれるようになるでしょう。営利企業は利益を上げることが使命ですから、当然富裕層を対象とした医療が中心となり、その結果民間医療保険の需要が一気に高まることが予想されます。一方で不採算部門である救急、小児科、特に小児救急が壊滅する危険があります。このようにTPPは生命と安全に直結する重大な問題ですので、国民全体で厳しく見守っていく必要があるのです。
大杉 幸男 先生
兵庫県医師会理事
大杉内科医院院長
大杉 幸男 先生