2014年
12月号
「ピカソは晩年、感性で絵を描くことを追求しました。感性で描く絵には上手も下手もありません」。臨床美術の目的は一人ひとりの感性を引き出す点にある

私のKOBEデザイン3 誰もがピカソのように才能をもっている

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

臨床美術をご存知だろうか?絵を描くなどの創作活動を行うことで脳を活性化させる芸術療法のひとつ。木野内美里さんはご自身の実体験を通して、臨床美術の魅力を語りかける。

人間の原点に戻る臨床美術

―臨床美術を始めたきっかけは。
木野内 母ががん闘病中にうつ病になったことがきっかけです。病院では「うつ病です」と診断されるだけで、どうすればいいのか教えてはもらえません。「お母さん、絵でも描いてみたら?」と勧めたかったけれど、昔の美術教育を受けてきた大人にとって、自由に絵を描くことなどできるものではありませんね。きっと「絵をうまく描かなくては…」とかえってストレスになるような気がして。結局、絵は描かないままに母は亡くなりました。それから数年して臨床美術に出会いました。これを知っていたら母と豊かな時間を過ごせただろう、これからどれだけ多くの人たちを救えるのだろうと、目からうろこでした。一回体験してからすぐ、私は資格を取る講座を受講しました。

―臨床美術とはどういうものですか。
木野内 〝自由に絵を描く〟というファジーで難しいことを、独自のアートプログラムで実現させることです。高校から美術科、大学も美術系、そんな私でしたが、こういう研究をしている人たちがいることにまず驚きました。臨床美術は、元々は医療現場で認知症の方を対象にした美術による機能改善、という研究から始まったそうです。根底にあるものは、「できる、できない」という機能論ではなく、存在論的な考え方です。赤ちゃんは笑っているだけで周りもハッピー、みんなが幸せになります。ところが学校に行き、社会に出ると、次第に運動ができる、勉強ができる、仕事ができる等々の機能で判断されるようになります。やがて現役を退き認知症になり、物忘れをしたり、できていたことができなくなってしまったとき、機能で評価されていた頃を引きずり、ご本人はプライドが傷ついて、できない自分に苛立ちます。家族もがっかりします。そこで、生きているだけ、笑っているだけで家族もみんな幸せになるという人間の原点にもう一度戻ろう!と芸術家、脳神経外科のドクター、カウンセラーが集まって研究が始まりました。医療現場から教育現場、そして社会全体へと広がり始めています。

絵は誰でも自由に描けるもの

―自由に描くのは難しそうですが。
木野内 感性は誰でも持っています。つまり、誰もがピカソのように才能を持っているのです。もちろんピカソは素晴らしい絵の技術を持っていました。でも彼はその技術を取っ払い、晩年になるほど感性で表現することを追及しました。ピカソのように人を魅了する作品が技術を用いず出来ると教えてくれたのです。絵を描くことを知り尽した芸術造形研究所の先生方が、技術が必要な部分はいろいろな方法で補い、大人も子どもも、認知症の方も障がいがある方も、万人が描けるように研究された、とてもユニークなアートプログラムです。私たち訓練された臨床美術士は、心を開き全てを受け止めます。「みんな違って、みんないい!」という言葉をよく耳にしますが、私は臨床美術の現場で実感しています。

―具体的なプログラムは。
木野内 誰もが表現を楽しめるように工夫されたアートプログラムが、たくさんあります。例えば、リンゴを描くとき、見てそのまま描いてしまうのでは、あまり考えませんね。触ったり、食べたり、匂いをかいだり…五感でリンゴを感じとります。そしてりんごの外側ではなく中身から描くなど思いもよらない描き方をしたり、途中でハサミやノリなど道具を持ち替えたりすると、なかなか入り込めない人でもどこかから急に夢中になれたりします。音楽を聴いたり、香りをかいで抽象画を描くこともあります。ちょっと想像がつかないかも知れませんが、とにかく経験してプライドや先入観を忘れて入り込むと、ストレスから解放されて自由になれると思います。

―東日本大震災の被災地にも行かれたそうですね。
木野内 ストレスが解消できて人間関係もすごく良くなる。臨床美術の現場が、週末の自己啓発だった私にとって、東日本大震災はターニングポイントでした。震災後、岩手県の学童保育に来て欲しいと依頼がありました。子どもたちはとても元気で盛り上がります。すごく楽しんでくれます。更地の高台にある学童保育から何もなくなってしまった街の景色を見下ろしているのですから、大きなストレスを抱えているはずなのに、人間は笑うという力を持っていると感じました。ところが四国ほどもある岩手県に私一人が毎週訪問しても、広すぎて回り切れないという壁にぶつかりました。

―そこから生まれたのが「脳がめざめるお絵かきプログラム」ですね。
木野内 たくさんの人に臨床美術を体験してもらうにはどうすればいいのかを、東京にある日本臨床美術協会の先生方に相談させていただきました。社会貢献という同じ志を持っておられるんですね。「ぜひやってください」と言っていただき協力を得ることができました。コラボレーションで商品化したのが、臨床美術士が居なくても家で体験できる「お絵かきプログラム」です。家族三世代そろって描いていただいている例もあり、予想を超え、色えんぴつコースは3000人以上もの方に申し込みいただきました。続いてオイルパステルコースも商品化しました。一つあった問題は、「最後にみんなで作品をたたえ合う、鑑賞会という大事なプロセスをどうするか?」。そこで、ネット上で投稿することにし、スタートから多くの投稿を頂き、作品に臨床美術士がコメントする、とても活発な場となっています。

皆にアートで幸せを感じてほしい

―アートは皆のものなのですね。
木野内 アートは原始時代からあるものです。ご飯を食べるのと同じように、アートで幸せを感じるということが一人ひとりのDNAの中にあるはずなのに、長い間、私たちはそれを一部の人たちのものだとしてきました。でも、アートは優れたものを見てリスペクトするだけのものではなく、自分自身で描き、表現するものでもあるのです。

―臨床美術の今後について。
木野内 私が始めたころ、神戸にほぼ皆無だった臨床美術士ですが、12月にフェリシモしあわせの学校で養成講座を開くまでになりました。18名のお申し込みをいただき、そのうち8名がフェリシモ社員です!こんな会社は日本中どこにもないですよね。神戸モトマチ大学では2度にわたり講座を開催しましたが、びっくりするほど多くの方に参加いただきました。神戸はアートが受け入れられやすい街なのでしょうね。臨床美術で、神戸から新しいアートな動きを起こせるような気がしてわくわくしています。
医療現場はもちろん、教育現場、そして社会人、親子等々…神戸では誰でもどこでも臨床美術が受けられるという体制ができたら素晴らしいですね。微力ながら、私もお役に立てればと思っています。

株式会社フェリシモ
しあわせ生活プログラム事業部
0120・055・820(平日9時〜17時)
http://feli.jp/s/wop/

「ピカソは晩年、感性で絵を描くことを追求しました。感性で描く絵には上手も下手もありません」。臨床美術の目的は一人ひとりの感性を引き出す点にある



木野内さんが勤務するフェリシモでは、福利厚生で、従業員や取引先が自由に受講できる


最後に全作品を張り出し、参加者同士が感想を述べ合う。「上手」「下手」の言葉は使用しない


りんご・リンゴ・林檎オレンジ色の紙に描くことで、複雑なりんごの色が際立つ


直線のコラージュ直線を組み合わせて抽象画を描く


きらきら きらめくレモンアクリル絵の具を用い、オイルパステルの質感を表現


カラフルパズル自然物の中から季節を感じる色を見つけ出す


バナナを描くオイルパステルと色えんぴつで描写


ドリッピングデザイン紙に墨をたらして、動かしながら描く


きらめく星座宇宙さまざまな点描で宇宙を表現


株式会社フェリシモ
しあわせ生活プログラム事業部 企画開発グループ
課長代理 木野内 美里さん

神戸市中央区在住。明石高校美術科、京都市立芸術大学卒。株式会社フェリシモにてチョコレートバイヤーとして18年企画担当し、世界中からチョコレートを日本に紹介する傍ら、神戸市内そのほか各地で、臨床美術のアートワークショップ活動を行う

月刊 神戸っ子は当サイト内またはAmazonでお求めいただけます。

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