12月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第四十五回
セルフメディケーションと規制緩和~
薬局での自己採血検査は安全か?
─セルフメディケーションとは何ですか。
坂本 患者が自分自身で自分の病状について判断を下し、市販薬を用いて手当すること、つまり「自己治療」ということになるのでしょう。世界保健機関(WHO)では「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自身で手当てすること」と、日本薬剤師会では「自己の健康管理のため、医薬品等を自分の意思で使用すること」と定義していますが、わが国ではきちっとした定義がありません。
─セルフメディケーションのメリット、問題点は何ですか。
坂本 セルフメディケーションにより、健康管理の意識の向上、病気・薬などの知識向上のメリットがあるでしょう。医療機関で受診する手間と時間が省かれること、受診が減ることで国民医療費が抑制されるという意見もあります。しかし一方で、健康状態について自分で責任を持つ自覚が必要となります。また、誤った知識により悪化する可能性があり、医療機関に受診しなくなると疾患の診断や治療が遅れ、命に関わる危険が生じることも考えられます。また、自身でおこなう健康管理にあたっては、効果が証明されていないサプリメントや健康食品などには、副作用などに関する安全面のほか、過大な費用負担といった経済面にも注意が必要です。健康の基本は生活習慣ですから、医薬品や健康食品に頼りすぎないことが大切です。
─政府はセルフメディケーションを推進していますが、その背景と、それにともなう規制緩和について教えてください。
坂本 推進の背景には、安倍政権の成長戦略があります。昨年閣議決定された「日本再興戦略」でセルフメディケーションの推進が打ち出されました。さらに産業競争力会議では、予防医療分野での新たな産業の創出や、医師から薬剤師への業務移譲などが提案され、薬局を地域の健康情報拠点とする事業もおこなわれるようになりました。その結果、①薬局等による自己採血検査②検査キットの通信販売③医療医薬品・医療用検査薬から一般用医薬品・一般用検査薬へ転換し、薬局で店頭販売可能(スイッチOTC化)④一般医薬品のインターネット販売 の4つが規制緩和により推進されるようになりました。県民のみなさまの命と安全を守るという使命を持つ兵庫県医師会としては、診療行為がなし崩し的に周辺業務に流出し、医療がビジネスに変質するおそれがあるため、このような規制緩和を懸念しております。
─診療所や病院以外で自己採血をおこなうのは安全なのでしょうか。
坂本 薬局等による自己採血に関しては、さまざまな問題が指摘されております。まず、消毒・止血・感染防止などの安全対策が十分であるかについては、自己採血をおこなう検体測定室のガイドラインはあるものの、それを遵守しているどうかをチェックする仕組みがありません。結果についても測定機器のデータの正確性が保たれているかが懸念されます。結果説明はそもそも、本来は検査結果の通知のみ可能なのですが、現実的には薬剤師が説明を求められることが予想され、その際には薬剤師の医学的知識のばらつきによる指導の不行届きという事態も考えられます。個人情報についても、「顧客データ」ですからデータの利用や流用などがおこなわれる可能性があります。特に大手薬局はチェーン化が進んでいるだけでなく、コンビニや大手スーパーなどに出店するなど流通業界とも関係が深く、情報を利用して健康食品のセールスなどに結びつくかもしれません。そのような事態に陥らないように、薬剤師会が会員にしっかり指導をされていますが、大手薬局チェーンなどは薬剤師会に入会していない薬剤師が多くいる事も危惧されます。そして何より、健康診断受診率の低下や、診療行為がないために適切な医療機関への受診機会を失うことが憂慮されます。
─自己採血検査を受けるときはどのようなことに注意すべきでしょうか。
坂本 採血結果の医学的判断は、検査結果の数値のみでおこなわれるものではありません。その方の年齢、身長、体重、生活習慣、病歴、家族歴、服用薬、採血直前の食事時間などさまざまなことを考慮し、専門医でも判断が難しい場合があります。薬局等での自己採血検査にて異常値が出た場合は、すみやかに医療機関で専門医の診察を受けるようにしましょう。また、自己採血検査は健康診断ではありません。特定健康診査や健康診断は定期的に受けるようにしてください。
坂本 泰三 先生
兵庫県医師会理事・小野市加東市医師会理事
坂本医院 院長