2017年
4月号
大正9年(1920)築の黒崎教会堂もまた、ド・ロ神父の指導で敷地が造成された。 吉永小百合主演の映画『母と暮せば』のロケ地

神戸から行く長崎・キリシタンの里を訪ねて(下)

カテゴリ:楽しむ, 観光

『沈黙』ゆかりの地・外海(そとめ)・平戸

名作はここから生まれた

 今年、世界的映画監督であるマーティン・スコセッシの最高傑作とも評される映画『沈黙─サイレンス─』が公開され話題を集めている。その原作は、夙川カトリック教会で洗礼を受け、六甲小や灘中に通うなど、神戸や阪神間ともゆかりのある遠藤周作の小説『沈黙』だということはご存じだろう。
 舞台はキリシタン弾圧下の長崎。物語に登場する架空の村、トモギ村のモデルは西彼杵半島西岸の外海(そとめ)地域とされ、この地に遠藤周作文学館が建っている。また、長崎県北部、平戸島を中心とする平戸地域でも遠藤は取材を重ねて『沈黙』の構想を練ったといわれ、作品中にはここに伝わる祈りの歌も登場する。
 外海や平戸には迫害や弾圧の中で信仰を守り続けた人々、「潜伏キリシタン」がいた。彼らは禁教の法令に表面上は従いつつ秘密裏に信仰を続け、さらにそれを代々受け継いできた。その子孫の一部は、近代を迎え信仰の自由がもたらされてもカトリックに回帰せず、今なお独自の信仰を継続。「古キリシタン」や「かくれキリシタン」などとよばれている。遠藤に大きな示唆を与えた彼らの信仰文化はいま、世界文化遺産候補「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の重要な構成要素となっている。

外海に残る信仰の足跡

 険しい山がそのまま海に落ちるような外海には、多くの潜伏キリシタンが存在した。彼らは墓参の際に墓石の上に小石を十字型に並べ、親指で十字を切りながら手を合わせるなどして密かに祈りを繋いできた。
 明治になり禁教が解けると、この地の布教に尽力し、やがて捕らえられ殉教した日本人伝道師、バスチャンの師であるサン・ジワン神父を祀る神社、枯松神社が枯松山に建立された。キリシタンを祀る神社はここを含め日本に3つしかない。また、バスチャンが捕らえられた場所はバスチャン屋敷跡として復元されているが、映画にも登場する炭焼き小屋のイメージだ。
 明治12年(1879)、外海へ一人のフランス人神父がやって来る。彼の名はマルコ・マリー・ド・ロ。出津を中心に教会堂を建て、救助院を設け漁師の未亡人など子女の生活支援をおこない、村人に医療を施し、農場を開墾して生産物を織物や素麺、パスタなどに加工し長崎の外国人に販売するなど経済の仕組みまで整備した。建築や印刷などの近代化にも貢献した彼は私財をも投げ打ち、カトリック思想にもとづく人類愛で生涯を外海の人々の信仰と暮らしに捧げ、今もこの地に眠っている。
 遠藤周作文学館から北に谷を下りた出津とその周辺では出津教会堂やド・ロ神父記念館、旧出津救助院、開墾地の作業場跡、大野教会堂などド・ロ神父ゆかりのスポットやバスチャン屋敷跡をめぐるコースがあり、南に下ると黒崎教会堂や枯松神社へ至るなど、禁教時代の苦難と、その後ド・ロ神父によりもたらされた喜びの足跡をたどることができる。

平戸の聖地をめぐる

 南蛮貿易の拠点として栄えた平戸の街では、ザビエルも来日翌年の天文19年(1550)に布教を行っており、キリスト教が早くから広まっている。
 平戸地方では戦国大名・松浦隆信の重臣、籠手田氏・一部氏がキリシタンに入信し、両氏の領地では住民の一斉改宗がおこなわれた。しかし慶長4年(1599)に松浦隆信が没すると禁教令が敷かれ弾圧がはじまる。
 生月(いきつき)島や平戸島西海岸はまさにこの両氏の領地。信者たちが十字架を建立し聖歌を歌った黒瀬の辻(クロスの辻〈丘〉の訛り)では弾圧後、キリシタンの指導者・ガスパル西玄可一家が処刑された。黒瀬の辻から望む中江ノ島でも多くの信者が殉教した。ちなみに、生月での信仰については生月町博物館「島の館」で深く学べる。
 安満(やすまん)岳の麓、春日集落も籠手田氏の領地で、棚田が海へと向かって広がっている。ここでも禁教後に十字架やキリシタン墓地が破壊・放棄された。
 それでも平戸地域のキリシタンたちは信仰を捨てず、生活に染み込ませるようにして包み隠した。表面上は檀那寺や氏神との関係を持ちつつも納戸に聖画を祀り、神父はいなくとも地域に組織を根付かせ行事や儀式を続け、殉教地や中江之島を聖地として信仰を代々続けたのだ。そして禁教が解けても、多くの人々がかくれキリシタンとして信仰を続けた。長い年月をかけて守り抜かれた信仰は禁教以前の形態を色濃く残し、生月のオラショ(祈りのことば)はグレゴリオ聖歌の古歌に通じるという。一方で平戸のカトリック信者は外海や黒島などからの移住者で、その拠り所の田平(たびら)天主堂はド・ロ神父ともゆかりがある。
 外海と平戸のかくれキリシタン信仰は長年の弾圧や差別に耐えたが、家々で受け継ぐのみで布教システムがなく、高度経済成長と過疎化、少子高齢化によりいま継続の危機にあるそうだ。
 紺碧の海と美しい夕陽にさえ、信じ抜き生き抜いた先人たちの魂が息づく外海・平戸を訪ねたら、潮騒だけが聞こえる静寂の中であなたは何を想うだろうか。

出津集落と海を望む遠藤周作文学館のテラス。『沈黙』の登場人物を黙示するかのように、ポルトガル産のタイルと外海特有の石「温石(おんじゃく)」の石積みが

自然石を積み上げた大野教会堂の壁はド・ロ神父が考案した方法で築かれ、「ド・ロ壁」とよばれている

大正9年(1920)築の黒崎教会堂もまた、ド・ロ神父の指導で敷地が造成された。
吉永小百合主演の映画『母と暮せば』のロケ地

出津では外海に伝わるフランス風家庭料理が味わえる。ド・ロ神父が開墾した畑の野菜や小麦などの素材も使用(ヴォスロール・TEL/0959-25-0018)

潜伏キリシタンたちは冬の夜に枯松山の「祈りの岩」の下でオラショを伝承したという

寺町の裏手に立つ平戸ザビエル記念教会堂は、和洋が交差する独特の景観を生み出している

春日集落の丸尾山からの眺望。丸尾山には禁教前、十字架やキリシタン墓地があった

黒瀬の辻から中江ノ島を望む。この島では断崖の割れ目から聖水が涌くという

大正6年(1917)に竣工し、翌大正7年(1918)に献堂式が行われた田平天主堂は、数々の教会建築を手がけた鉄川与助最後の煉瓦づくりの教会

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