5月号
竹中大工道具館 邂逅―時空を超えて|第八回|九三房の世界 ― 千代鶴是秀の鍛冶道具
千代鶴是秀(1874~1957)は、意匠と機能性から「不世出の名工」と呼ばれた道具鍛冶です。是秀は、明治17年(1884)6月4日11歳のとき、父である二代目長運斎綱俊の弟、八代目石堂寿永の下に入門し、8年間を石堂家で過ごしました。祖父長運斎綱俊は米沢藩御用鍛冶、その姉の子七代目石堂運寿是一は幕府のお抱え鍛冶でした。是秀は、刀剣鍛冶となるべく加藤家に生まれましたが、その2年後に廃刀令が施行され、道具鍛冶の道を歩みました。
千代鶴是秀は生涯で三つの工房をもちました。大正9年に宿山、現在の目黒区上目黒にあった涌井商店の家作に移り、そこで晩年まで過ごします。辺りはのどかな農耕地で、すでにあった鶏小屋を自ら改造して仕事場としました。広さ9尺×3間であったことから九三房と名付けています。竹中大工道具館ではその工房を再現して展示しています。
昭和14~32年までの18年間、毎週2~3日この工房に通った土田一郎氏(土田刃物店元店主)によれば、あれほどきれいな工房はほかに見たことがないそうです。塵や窪み一つなく丁寧に使い込まれた土間、すきっと整った金床の面、きれいに大きさがそろえられた炭、机の上にポンと置かれた定規類も見入ってしまうほど絵になっていました。金床、セン床、均床、研場、道具の配置とすべてに理由があり、無駄がありません。通う間に変わったのは、朽ちて交換した水槽だけでした。定規だけで正確な研削を行い、斜陽の中で焼入れをする是秀にとって理想的な照度と、鉄を管理するのに適した乾いた環境であったのです。
頑ななまでに己の道を貫き、たゆまぬ探究心を維持し続けた鍛冶の小宇宙がそこにあります。
(主任学芸員・西山マルセーロ)
竹中大工道具館
TAKENAKA CARPENTRY TOOLS MUSEUM
神戸市中央区熊内町7-5-1
Tel.078-242-0216
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)
開館時間:9:30~16:30(入館は16:00まで)
https://www.dougukan.jp/