10月号
神大病院の魅力はココだ!
Vol.25 神戸大学医学部附属病院 歯科口腔外科 長谷川 巧実先生に聞きました。
喋ったり、ご飯を食べたり、生活の基本的な場面でとても重要な役割を担っているのに、痛いむし歯ができたときしか気にかけない口の中の健康。どんな病気があるのでしょうか。治療法は?長谷川巧実先生にお話を伺いました。
―歯科口腔外科では口の中やその周りなど、どこからどこまでの範囲を扱うのですか。
一般的な歯科医院で扱う歯に加えて、口唇、頬粘膜、上下の歯茎、上顎の真ん中の部分「口蓋」、舌の下の部分「口腔底」、顎骨、顎関節があります。舌については手前部分およそ3分の2が口腔外科で扱う範囲です。また3つある唾液腺のうち顎下腺、舌下腺は口腔外科でよく扱う範囲ですが、はっきりとした境界が決められているわけではありません。神大病院でも患者さんにとって最良の方法を選択できるよう、耳鼻咽喉・頭頚部外科の先生方と協力しながら治療に当たっています。
―来院される患者さんで命に関わる病気はありますか。
大学病院ですから患者さんは一般の歯科、口腔外科からの紹介で来院されます。命に関わる病気は、口の中にできる悪性腫瘍「口腔がん」で、体にできる全部のがんの約2パーセント程度を占め、「希少がん」と言われています。目安として、2週間以上の長い期間、口内炎などの傷が治らない場合は疑いがあるかもしれません。もちろん診察・検査の結果「大きな病気ではないので大丈夫ですよ」という患者さんもたくさんおられます。
―口腔がんとは舌にできるがんですか。
口腔がん全体の約6割を占めるのが舌にできるがんです。次に多いのが上下の歯茎にできるがん、頬や口腔底にできるがんなどがあります。粘膜にただれやしこり、痛みや出血を伴う場合もあり、進行すると首のリンパ節に転移することがあります。ふだんは自分で口の中を見ることがあまりない方もおられ、また、しこりは徐々に大きくなるので気付きにくいことも多く、発見時にはすでに転移しているケースが多いですね。
―口腔がんの治療法は?
まず手術でがんを取り除き、必要に応じて放射線治療と化学療法を組み合わせるのが基本の治療です。リンパ節まで転移している場合は大事な神経や血管を残してリンパ節を切除します。舌がんを含め進行した口腔がんの治癒率は40~60パーセントです。まだまだ治癒率の向上を目指さなくてはならない分野です。
―手術で失った舌や歯、骨は再建できるのですか。
舌のがんでは、小さな切除の場合は縫い縮めるだけで問題はありません。半分程度以上切除する場合は形成外科の先生と一緒に手術を行います。手首の皮と血管を移植し、医療用の顕微鏡で首の血管とつなぎ合わせる再建という手術を行います。さらに広範囲の切除の場合、お腹の筋肉と皮を移植することもあります。形状はある程度元に戻りますが、移植した部分の動きや感覚、機能は回復しません。残った部分が頑張って役目を担えるように手助けをするための移植手術です。
歯茎の場合は、その部分だけを取ることは難しく、周りの歯や顎の骨まで大きく取り除くことになります。術後、入れ歯をのせるだけでは安定しません。そこで、人工の骨、または体の他の部分の骨を使って顎の骨を増やして高さや幅を整え、しっかりした土台を作ります。その部分にインプラントという杭のようなものを打って歯をのせると安定します。このインプラント治療は外傷などで顎の骨を失った患者さんでも行うことができます。このように病気でたくさんの歯や顎の骨を失った方のインプラントは、一般の自費のインプラント治療とは違い、保険診療が認められており、神大病院でも多くの患者さんの保険診療をさせて頂いています。
―大学病院の口腔外科で治療する病気はがん以外にもあるのですか。
かなりたくさんあります。例を挙げると…歯根や顎の骨の中に膿の袋ができる嚢胞や良性腫瘍は摘出手術をします。骨髄炎などの感染症では、最近は薬剤や放射線治療後の炎症が原因で起きるケースもあり、投薬治療や膿を出す処置、進行して必要のない骨が形成されてしまった場合は取り除く手術をします。顎顔面外傷では縫合処置や骨と歯の整復処置、顎変形症では歯の矯正や顎の変形を治す手術、顎関節症では投薬やマウスピースを使う治療など行っています。
口腔がんはもちろん、その他、広範囲の骨髄炎、顎変形症などは高度な技術を必要とし、いろいろな診療科の先生方との協力・連携が必要です。
―主にどんな診療科と連携しているのですか。
特に口腔がんの治療では、全身麻酔での治療になりますので、まず麻酔科と協力します。がんが大きくなり領域を超えてくると耳鼻咽喉・頭頚部外科の先生方と協力して手術にあたります。移植手術では形成外科、術後の治療では放射線腫瘍科、腫瘍血液内科との連携も大切です。
また、口腔はQOLに大きく関わる臓器です。手術や治療を行うことで、喋ったり、ご飯を食べたりという生活する上での基本的な機能が低下します。回復のためにはリハビリテーション科との連携も重要です。持病のある患者さんの場合は循環器内科をはじめ内科系の先生方にお世話になることもよくあります。
―口腔内には先天的な疾患もあるのですか。
口唇、口蓋などに切れ目がある先天性疾患「口唇口蓋裂」はうまく母乳を吸えず赤ちゃんの生育に支障がでます。この治療は神大病院では形成外科が担当することが多いです。神戸には県立子ども病院などでも治療を行っており、当科ではあまり多くは扱っていません。
生まれつき歯の数が足りない「先天性無歯症」という疾患もあります。たくさんの歯がない方は、入れ歯や保険のインプラント治療を行うこともあります。
―口の中の病気を予防するために日頃からできることはありますか。
まず、喫煙、過度な飲酒は口腔がんのリスクを高め、口の中の慢性炎症も一因になります。歯が当たって傷ができている場合などは放置しないで受診して治療をしましょう。神経を取らなくてはならないほど重度のむし歯は嚢胞の原因にもなります。まずむし歯を作らない、できてしまったら必ず初期段階で治療をしましょう。
―定期的にクリニックで歯垢を取ることは必要ですか。
歯垢を取るという目的もありますが、定期的に口の中を専門医に見てもらうという意味でも大事だと思います。
神戸市では申し込みをして口腔がん検診を受けることも可能です。各自治体の実施状況を確認して検診を受けることをお勧めします。
長谷川先生にしつもん
Q.長谷川先生はなぜ医療の道を志されたのですか。
A.父親が歯科医師でしたので、医療に携わる人間が身近にいたというのが大きな理由です。医師になるという選択肢もありましたが、歯・口腔という、生活に直結する臓器を扱うことに意義を感じて歯科医師を目指しました。
Q.歯科口腔外科を専門にされた理由は?
A.口腔における外科的な高度医療を患者さんに提供できること。そしてたくさんの診療科の先生方と協力しながら治療を行うので、医師と歯科医師の橋渡し的な存在になれるのではと思い歯科口腔外科を専門にしました。
Q.ご自身の健康法やリフレッシュ法はありますか。
A.20代のころは四六時中、仕事をしていました。40代になり、一日6時間以上の睡眠時間を確保するようにしています。これが健康法と言えるのかどうかは分かりませんが(笑)。子どものころから漫画が好きなので、空いた時間に最近話題になっている漫画をいろいろ読んでリフレッシュしています。
Q.どんな時にやりがいを感じますか。
A.大学病院の口腔外科に来られるのは地域の歯科医院では対応が難しいと判断された紹介患者さんがほとんどです。治療がうまくいき患者さんが喜んでおられる様子を見ると、とてもやりがいを感じます。また紹介していただいた地域の歯科医院の先生方に感謝いただくこともありやりがいを感じます。
Q.日頃、患者さんと接するに当たって、また大学で学生さんを指導するに当たって心掛けておられることは?
A.心掛けているのは正しい医療を提供することです。そして、できるだけ分かりやすい言葉で説明するよう努めています。神戸大学には歯学部はありません。指導をするのは医学部生ですから、とにかく口腔外科を知ってもらい、その重要性を理解してもらうよう心掛けています。歯科口腔外科の博士課程には現役の歯科の先生方がさらに研究をしようという高い志を持って入学されます。そういった学生さんにはまず自分で考える姿勢を持つように指導しています。