2017年
1月号

連載エッセイ/喫茶店の書斎から ⑧ 木守り柿

カテゴリ:文化・芸術・音楽

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

 お恥ずかしいが漢字の読み間違いをよくする。昔、「間髪を入れず」というのを「かんぱつをいれず」と読んでいた。本来「かんはつをいれず」が正しいと知ったのは大分後だった。「茨城県」は「いばらぎけん」ではなく、「いばらきけん」だと知ったのも最近のことである。地名の読み間違いは致し方ないとはいえ、県名はちょっと恥ずかしい。因みに、民俗学の巨人、柳田國男は「やなぎたくにお」である。これは柳田の研究には欠かせない『故郷七十年』を通じて柳田と関係があった宮崎修二朗翁に教えられて知った。わたしはてっきり「やなぎだ」だと思っていた。そして実は、その宮崎翁も「みやざき」ではなく「みやさき」だと言われて驚いたことがある。人名も悩ましいものだ。もう一つついでに、わたしの住所用海町は「ようかい」ではなく、「ようがい」が正しい。

 『三好達治随筆集』(岩波文庫)という本を読んでいる。神戸元町の古書店「トンカ書店」さんで入手したもの。ここの店主は明るく気さくな女性。ビルの二階の小さな店だが、わたしは元町に行って、余裕があれば立ち寄ることにしている。
 文庫本は持ち歩きに適しているので、そんな時のためにいつも何冊かは用意している。しかしこの随筆集は面白くて家に帰ってきてからも“喫茶店の書斎”で読み進めてしまった。
 「木守り」と題された小文がある。その冒頭を読んで、えっ?と思った。
《「きまもり」という語を、石川達三君から教わった。十年ばかり以前になる。》
 そうだったのか「木守り」は「きまもり」と読むのか、と驚いた次第。わたしはきっと「こもり」だと思い込んでいたのである。
 そのことを言う前に、この三好達治の名文の一部を紹介しよう。
《柿の木はもうすっかり葉を落して裸になっています。その梢のあたりにたった一つ、色はもうぎりぎりまでまっ赤に熟したのが、不注意な忘れ物のようにぽつんと残されています。「木守り」という言葉のように、それはひとり眼を見はって、その木をいつまでも見守りつづけているような風に見えます。(略)
 一つ残らずとり尽しては、さすがに柿の木も機嫌を損じて、来年から生り惜しみをして収穫が落ちよう、それでは困るから、あれはお礼ごころに、一つだけは残しておくのだ…》
 というものですが、さすがに一流詩人の文章ですね、できれば本に当たって全文お読み頂きたい。

 わたしが「こもり」と読んでいたわけ、というより“いいわけ”。
 本誌、2014年5月号に、芥川賞候補にもなったことがある神戸の作家、白川渥さんのことを書いた。そして、播磨中央公園にある白川さんの文学碑の写真を載せた。それには俳句が刻まれている。

  木守り柿 一つが空を 彩りぬ

 これをわたしはてっきり「こもりがき」と読むものと思った。「きまもりがき」ではどうにも語呂が悪い。“木洩れ日”や“木立ち”という言葉もありますのでね。
 「木守り」だが、なにも柿にかぎったことではなく、果樹一般に言えるものだとのこと。だから「木守り蜜柑」も「木守り林檎」もあるのだろうが、わたしは柿以外には知らない。やはり晩秋の青空を背景に、葉をすっかり落した柿の木にこそ似合うのだろう。
 その木守り柿、以前は晩秋の田舎道を車で走ると時折見かけたものである。しかし最近ではとんと見ない。あれは風情があったのに惜しいことである。
 出荷のために栽培している生産農家は別として、一般の家の庭先の柿は、実が生ったとしても採り入れる人手がないのだ。農村は過疎化して若者がいない。さらに、今の御時世、もらって喜ぶ人も少ない。たまに町から帰郷する若者があっても、せいぜい自分たちが食べる分だけで、大半は木に残したまま。だから、鈴なりに生っているのは今も見るし、それはそれで美しい光景ではある。心がパッと明るくなったようにも感じる。
 次の歌は、短歌誌「六甲」の代表、田岡弘子氏の作品。

  青い空に映えゐし庭の木守り柿
          里の思ひ出は色褪せるなし

 日本の古き良き風習「木守り柿」は、やはりもう思い出の中にしか残らないのだろうか。

 ※この原稿を書き終えてしまってから、念のため『日本国語大辞典』を当たってみた。すると「こもり」でも間違いではないということがわかった。やれやれである。

■今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

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