2017年
1月号
浄水場の敷地は、桜の名所となっている

ぶらりニテコ池|神様に愛された地、夙川

カテゴリ:おすすめスポット, 西宮

案内人 蓮沼 純 一 さん

ニテコ池とその周辺は、文学や歴史とゆかりの深い土地でもある。
ナビゲーターに、人気ブログ「西宮文学散歩」を手がけるなど地元の文化に詳しい
蓮沼純一さんを招いて池のまわりをぐるり一周してみよう。

万葉時代のビュースポット

 水面静かなニテコ池。そのユニークな名前の由来もまたユニークだ。室町時代に西宮神社の塀を造営する際に、ここの土を大量に掘って使用した。その塀は「大練塀」とよばれる全長247mの堅牢なもの。日本三大練塀のひとつに数えられ、現在は国指定重要文化財に指定されている。その一方で土を採掘した跡の窪地はほったらかし。やがて雨水が溜まり池となった。それがニテコ池だ。大練塀の造営時、ここから西宮まで「練ってこい」と声をかけながら運んだそうで、「ネッテコイ」~「ニテコ」に転訛(てんか)して池の名になったといわれている。
 池の西側に小高い丘がある。これが名次山だ。その北端にある名次神社は「もとは阪急神戸線のあたり、今の西田公園にあったんです。かつてはその際まで海だったそうですが、信じられませんよね」と蓮沼さん。江戸初期に祀られた石造りの旧本殿がその歴史を黙して語る。神社の南、少し離れた小高いところに黒松の大樹が聳えるが、そこは名次神社の鳥居跡だったそうだ。

名次山は由緒ある地だ。


吾妹子(わぎもこ)に
 稲野は見せつ名次山
  角(つぬ)の松原
   いつか示さむ

 高市連黒人(たかいちのむらじくろひと)が、愛する人にいつかは稲野(現在の伊丹市南部~尼崎市北部あたり:かつては笹の名所だった)や名次山や角の松原(現在の西宮市松原町あたり:かつては入り江だった)の美しい景色を見せてあげようと詠んだ万葉集に載るこの歌から、名次山が太古より景勝地として知られていたことがわかる。

ドイツの鉄血宰相を仰ぐ?

 名次神社の南隣は、かつて松下幸之助がこよなく愛した名次庵。松下はもう少し南に後述の光雲荘を建てたが「高橋誠之助の『神様の女房』によれば、そこで暮らしたのはわずか2年で、幸之助は名次庵という、松下邸と呼ぶには比較的小さな家で質素に暮らしていたそうです。妻のむめのは毎朝この門まで出て、幸之助を見送ったのですね」と蓮沼さんが指さす向こうに、見事な紅葉があった。
 名次庵の南隣は旧日銀大阪支店長の官舎、さらにその隣はアメリカ総領事館があった。このあたりがかつての名次山の尾根にあたる。
 池の方に下りてみよう。南北に3段に区切られているニテコ池は近代に上水道用の貯水池となったが、中段の池の取水塔は阪神間モダニズムの時代のものらしい。ドーム型の屋根が、向こうに聳える甲山にマッチしている。「このあたりが甲山を望む絶好の場所です」と、池を区切る土手の上で蓮沼さんが、甲山にまつわる面白い話をしてくれた。
 ゴードン・スミス『日本仰天日記』の明治37年12月2日の日記で「ビスマルク・ヒル」という記述があるという。かつて甲山はハゲ山で、頂上に数本の松が生えていたらしいが、ビスマルクはハゲ頭に毛が4本(磯野波平スタイル)だったそうで、それで甲山をそう命名?したようだ。ちなみに甲山は『細雪』の英語版では「ヘルメット・ヒル」、村上春樹『海辺のカフカ』ではアメリカ国防省の極秘文書に書かれていたという設定で「ライスボウル・ヒル」と表現されているとか。まん丸お山も、蓮沼さんの話を聞くといろいろな形に見えてくる。

火垂るの姿は今いずこ

 ニテコ池の下段の池のほとりが光雲荘。昭和14年(1939)に完成した松下幸之助の大邸宅で、新築披露の際には近衛文麿や小林一三を招き茶会が催されたという。現在、建物は枚方へ移築されている。
 そんな天国のような場所のすぐ脇、下段の池のへりにかつて横穴壕があったという。これは野坂昭如『火垂るの墓』のアニメ版で描かれていたもので、昭和40年代にも残っていたようだ。『火垂るの墓』は野坂昭如の実体験を基にした作品だが、その舞台はまさにこの一帯。野坂が実際に逃げ込んだ横穴壕は池の堤の南にあったようだ。「野坂が住んでいた親戚の家は、ニテコ池の南、堤の下の一画です。近所の社長さんから水をもらっていたそうですが、それはその少し東。ニテコ池から流れる用水が南へ流れ小川となりますが、そこに蛍がいたのでしょうね」と蓮沼さんが語っても、すっかり普通の住宅街になってしまった現在、やせ細った清太や節子の姿を思い浮かべるのは難しい。
 

墓地でぼちぼちピクニック

 池の東を上がり、北東角には西宮震災記念碑公園と越水浄水場がある。浄水場の敷地は桜の名所だ。大正時代から桜が植えられていたが、戦後、水道局が指導を仰いだ桜博士の笹部新太郎は、水上勉の『桜守』の主人公だという。
 その西隣は満池谷墓地。入るのははばかられるが、墓地こそ歴史の証人。近年では墓マイラーなる趣味もあるようだし、気にせず行ってみよう。すると、以外にも墓地らしい暗さがなく驚いた。六甲山系特有の少し赤みがかった御影石の墓石が多いからだろうか。
 少し奥、ちょっと小高い一画にキリスト教のお墓が並んでいる。ここは一層明るい雰囲気で、蓮沼さんによれば、田辺聖子はここでピクニックをしていたとか。さすがは大作家、やることが違う。
 よく見ると石畳が十字型に配されているのが面白い。その十字の頭の部分、祭壇のようになっているのが夙川カトリック教会のお墓だ。遠藤周作と深い関わりのあった第3代主任司祭メルシェ神父は神戸の外国人墓地に埋葬されているが、ここには戦時中に迫害を受け亡くなった創設者のブスケ神父をはじめ、多くの聖職者が眠っている。「碑にケビン君の名前もありますね」と蓮沼さん。彼はアメリカ人の男の子で、夙川での交通事故で1949年に3歳で亡くなったという。家族は彼の死を悼み、クリスマスの時期に羽衣橋(夙川駅の脇の橋)にツリーを立てた。今なおそのツリーは自治会やロータリークラブが飾り付けをおこない、街を彩っている。
 文学、そして世界へとつながるニテコ池界隈。あなたもぶらり散策しながら、その歴史や文化の一端に触れてみてはいかがだろうか。四季折々の美しい風景を愛でながら…。

ニテコ池から甲山を望む


昭和11年(1936)、吉田初三郎による「西宮市鳥瞰図」(西宮市立郷土資料館蔵)。中央やや左に「ニテコ貯水池」と記されている


ニテコ池のそばで静かに佇む名次神社


石造りの旧本殿は江戸初期に祀られた


万葉集にも詠まれた風光明媚な地であった名次山


「アニメ版『火垂るの墓』の二つの横穴壕はニテコ池に実在していた」と蓮沼さん


浄水場の敷地は、桜の名所となっている


夙川カトリック教会の信徒が眠る


ブスケ神父が静かに眠る



案内人 蓮沼 純 一 さん
〈2017年1月号〉
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