2017年
1月号

兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第六十八回

カテゴリ:医療関係

県民と地域を守るべく
医療提供体制を盤石に

会員数約9千人と全国の都道府県医師会の中でも4番目の規模を誇る兵庫県医師会は今年、設立70周年の年を迎える。超高齢化の中で地域医療がますます重要になってきている昨今、医師会の果たすべき役割もまた大きい。医療制度の課題や兵庫県医師会の取り組みなど、会長の空地顕一先生にお話を伺った。

今年で設立70周年に

─会長に就任して半年ほど経ちましたが、振り返っていかがですか。

空地 引継業務はもちろん、就任後すぐにG7保健大臣会合があって、近畿医師会連合会のとりまとめ役も担当することになり、予想以上の忙しさでした。兵庫県は広く、いろいろな案件が入ってくるものだと実感しています。しかし、副会長をはじめ役員の先生が非常に優秀なので、がっちりと支えていただき、しっかり会を運営できていると思います。医師会は人材の宝庫ですよ。忙しさにはまだ慣れませんが、もしかしたら辞めるまで慣れないのかもしれませんね(笑)。

─今年は兵庫県医師会設立70周年を迎えますが、抱負を。

空地 戦後の焼け跡の中から、先輩たちが県医師会を再び立ち上げられて、営々として築いてこられました。その間に国民皆保険制度などさまざまな体制を整えてこられたのですね。その結果、日本が世界一の健康国家となり、WHOも医療体制が世界一であると認めるような素晴らしい国になりました。ですからそれを守って、さらに発展させていく、国民のための医療提供体制をしっかりと構築していくことが一番の抱負です。また、これから郡市区医師会は、高齢の方々が住み慣れた地域で安心して医療や介護を受けられる体制作りをしなければなりません。県医師会としては重要な役割を果たす郡市区医師会や現場の会員の先生方をしっかりとサポートして地域の医療、ひいては地域そのものや県民の健康を守っていきたいですね。

─設立70周年の記念事業などは何かお考えですか。

空地 現在、担当の委員会で検討していますが、いまの時点で決まっているのは、県医師会は県民のみなさんに近い存在だということを知っていただくための講演会ですね。10月14日(土)に兵庫県医師会館2階大ホールで、野坂昭如さんの奥さんで宝塚歌劇団出身のシャンソン歌手、野坂暘子さんに、野坂昭如さんを介護された実体験から「夫・野坂昭如と歩む介護の記録」というテーマでお話いただきます。記念式や60周年以降の10年をまとめた冊子の作成も検討しています。

日本が誇る医療制度の危機

─わが国の医療制度について、医療費が低い水準でありながら成果が高いのはなぜですか。

空地 日本が他の先進諸国と比べ医療費が安い理由は、公的な医療保険制度を採用していることにあると思います。公的保険ですので利益追求も株主への配当も必要ありません。ですから集められた保険料の大部分が被保険者の診断や治療に使うことができるのです。また、日本では保険収載された医療がどこでも同じ価格で受けられます。これを公定価格といい、公的な機関が適正な価格を設定していますので、そこに上乗せして利益を出すようなことは全くおこなわれていません。また、保険証があれば誰でもすぐに診てもらえ、そのような制度が半世紀以上続いていますので、早期に医療機関にかかることで症状が軽いうちに治療ができることも医療費が安い理由かもしれません。患者の自己負担という角度から見ると、通常は医療費の1~3割を支払う必要がありますが、高額な医療を受けた場合には高額療養費制度が適用され、一定の金額以上は保険者が負担することになっていますので、個人が支払う費用負担が少ないということも言えます。

─日本と対局にあるのがアメリカですね。

空地 アメリカはもともと私的な医療保険制度が中心ですので、保険料は保険会社の利益や株主の配当にも回されます。高齢者や低所得者をカバーする公的な医療保険もありますが、医療の高度化にともない私的な保険がどんどん高額になり、それに合わせて公的な医療保険も高額になりました。しかも医療保険に加入できない国民が約20%、約4千万人おり、それをなんとかしようと動いたのがオバマ大統領です。日本のような国民皆保険制度をつくろうという素晴らしい理念のオバマケア政策に我々も期待していたのですが、成立するまでの過程で、議会の反対、製薬メーカーや保険会社の反発などもろもろの制約がかかりました。結局、医療保険料が上がったのにもかかわらず、保険で治療できる病気が減ってしまったとか、企業が正規雇用者を医療保険の加入が不要な非正規雇用に変えてしまうとか、いろいろな事が起こってしまい、アメリカ国民には不満や怒り、諦めが広がっているのではないかと思うのですよ。大統領選挙でトランプ氏が勝ったのは、オバマケアの失敗がアメリカ国民の失望につながって民主党が見放されたことに一因があるのではないかと思います。トランプ氏がオバマケア反対派の人材を厚生長官に就けたことで、どういう改革になるのか注目されるところです。

─日本の皆保険制度にはどのような脅威がありますか。

空地 海外からの脅威は主にアメリカからですね。世界に誇る我が国の皆保険制度がTPP(環大平洋パートナーシップ協定)の中で協議され、アメリカのような市場原理にのっとった保険制度に改悪されてしまう危険性や、公的価格で医療費が抑えられていたものが自由価格制度に移行して高騰し、皆保険制度が名ばかりになってしまうことなどを大変危惧していたのですが、トランプ政権になればたぶんTPPは見送られるだろうと思います。しかし、新たにTPPを締結するための交渉条件として、日本から医療保険制度を含め譲歩を求めてくることも考えられますし、TPPの代わりにFTAという二国間協定を結ぶことになるかもしれず、そうなればTPPと同じ危惧があります。医師会として単独でできることは限られていますが、議員や県民のみなさんによびかけて、そういうことが絶対に起こらないように運動していかなければいけないと思います。

─国内からはどのような脅威がありますか。

空地 超高齢化社会により社会保障費が増大し、一方で景気が低迷して非正規労働者の割合が増えてきていることです。もともと正規労働者が多く、各健康保険組合などに労働者も企業も保険料を納めていたのですが、どんどん非正規労働者に移った段階で企業の社会保険料の負担が徐々に減ってきました。また、国による社会保険料の負担割合も減ってきています。一方で国民健康保険加入者が増え、少ない収入の中から割高な保険料を納めないと医療が受けられなくなりました。そういうシステムは大変な脅威だと思います。また、医療保険はある意味助け合いの制度ですけど、所得に応じた負担の形がとれていないのではないかと思います。いま日本の社会の格差が広がっていますが、そうであれば富裕層がもう少し納めていくという形をつくるべきではないでしょうか。

新たなプランで基盤強化を

─県医師会はどのように県民の健康を支えていますか。

空地 医師会は、行政とともに様々な保健活動を行っています。感染症対策や検診などの保健事業を実際に県民のみなさまに接して提供するのは郡市区の医師会であり、医師会会員であり、郡市の行政ですが、県医師会の仕事はその基盤やシステムをつくり、人材を育成することが中心です。ワクチンについては定期予防接種用のワクチンを確保できるよう、県行政と意見交換をおこなっています。また、万が一副反応が出た場合はどう対処するかすみやかに協議します。新型感染症が流行った場合にも、行政とタイアップして広がりを防ぎ、患者の治療体制の整備やワクチンの配布ができるようなシステムづくりも県医師会に求められています。学校保健については、郡市区医師会が学校医を派遣して子どもたちの健康を守っており、県医師会はその体制づくりをおこなっています。新たに関節や筋肉などの動きをチェックする運動器検診がスタートし、運動器障害の早期発見に努めています。

─検診事業についても力を入れていますね。

空地 職場検診や特定健診は主に生活習慣病をターゲットにしています。しっかり受診して自身の状態を把握し、生活習慣などの異常値をどう改めていくかということが大事です。40歳を過ぎたらぜひ“かかりつけ医”をもっていただいて、いろいろなことを相談していただきたいですね。それ以外にはがん検診があります。胃や大腸、前立腺、乳房や子宮などの検査を、市町によりますがクーポンなどを配布して割引価格や無料で受診できます。ぜひ受けて、早期発見、早期治療に結びつけていただきたいですね。

─医師不足の問題にはどう対処していますか。

空地 平成16年からはじまった新臨床研修制度が一因で、医師過疎地に医師を送るシステムが機能しなくなり、医師不足・医師偏在に拍車がかかってしまいました。そんな状況を改善すべく、働きたい医師と医師が必要な医療機関をマッチングさせるドクターバンクを平成18年から運営しています。これからは新臨床研修制度で育った医師が中堅になり病院での職を探し始める可能性がありますので、人材を投入してよりマッチングできるようにしていこうと動いています。今後成果が出てくるでしょう。

─医師会として災害への備えはどうしていますか。

空地 昨年は熊本・大分をはじめ鳥取、和歌山南部、福島県沖などで大きな地震があり、大変危機感をもっております。熊本の地震の際には兵庫県医師会もJMAT兵庫として現地へ入り、医療や救援のコーディネートをお手伝いしましたが、その活動を検証して冊子にまとめました。日本医師会へフィードバックするとともに、問題点を踏まえて研修もおこなっていきたいと思います。一方で、山崎断層地震などわれわれ自身が被災したときにどうするかも重要です。各郡市区医師会と行動マニュアルなどを共有していくこともひとつの課題です。

─空地会長はICTの活用にも積極的ですが。

空地 兵庫県は広いですから、遠方の先生は委員会や理事会など県医師会の会議への出席が難しいのです。今もテレビ会議システムはありますが、拠点の医師会を結ぶものなので、診療所から会議に参加できる形を目指し、導入へ向けて進めています。研修会や勉強会も各地域や診療所へ配信し、双方向コミュニケーションで質問などもできるようにしたいですね。医療連携や医療・介護連携には、個人情報の問題など難しい課題も抱えていますが、国の方針でもありますので、基盤づくりに取り組み、ICTをさらに活用していきたいですね。

─地域包括ケアシステムにおいても、県医師会の役割は大きいですね。

空地 現場においては郡市区医師会が中心となることですが、県医師会としては多職種連携や在宅医療の基盤づくり、人材育成のバックアップを強化していきたいですね。一方、医療提供体制の整備は二次医療圏単位になりますが、郡市区単位の地域包括ケアシステムとの整合性をもって体制を整えていく必要があり、県医師会としてそういうところをしっかりと支援していかないといけません。ですから、郡市区医師会から出てくる問題を議論し解決への提案をおこなうシンクタンクを設けます。まずは地域医療構想と地域包括ケアがうまく動くような形を目指すことに特化し、将来的には他の課題にも取り組み、県民の安全安心に繋げていきたいと思います。シンクタンクには行政、大学教員などの識者、病院関係者、医師会関係者などのメンバーを想定しています。識者も医学関係だけでなく、介護、ICT、財政など幅広く募りたい。コアメンバーは出そろいましたので、年明け早々からはじめていきたいですね。

阪神・淡路大震災を経験した兵庫県医師会。東日本大震災ではその経験が医療支援に生かされた。そして熊本地震でも、医療や救援コーディネートを行った。この活動を検証するため一冊の本にまとめた。今後、日本で起こる災害時の備えとして日本医師会へも提言する


兵庫県医師会では平成18年に、働きたい医師と医師が必要な医療機関とをマッチングさせる「ドクターバンク」を設立した


兵庫県医師会 会長
空地 顕一(そらち けんいち) 先生

1956年、兵庫県姫路市生まれ。1984年、京都大学医学部卒業。1997年、姫路市で祖父、父と続く空地内科院を継承。2012年、姫路市医師会長に就任。2016年、兵庫県医師会長に就任。専門はリウマチ・膠原病。医学博士。日本内科学会総合内科専門医。日本リウマチ学会認定専門医。日本プライマリケア連合学会認定医

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