8月号
生涯、学ぶことを怠らなかった
P.F.ドラッカー・中内㓛 往復書簡
|中内㓛 生誕100年
「マネジメントの父」として数多くの経営者に多大なる影響を与えただけでなく、現在社会の変化と本質を鋭く捉えて評論し、さらに自己啓発に結びつく知恵を世界中に授けた知の巨人、P.F.ドラッカー(1909~2005)。親日家でもあった彼が、中内㓛と書簡をやりとりして「対話」をしていたことはご存じだろうか。
この交流がはじまったのは平成6年(1994)。折しも東西冷戦が終結しアジア諸国が著しい成長をみせて世界経済が大きく転換するとともに、ITやオートメーション化が急速に発達して労働や企業組織の構造が変化、日本はバブル崩壊で高度成長期が終焉を迎えるタイミングだった。
㓛は発展めざましい中国市場の未来について、ボーダーレス時代の日本の役割について、知的社会を迎える中での教育のあり方についてなど数多くの問題や質問を投げかけ、ドラッカーはそれに対しきわめて的確かつ論理的に答えているが、ひとつ具体的な内容を紹介しよう。
話題は、企業家精神とイノベーションについて。㓛は、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは企業家のイノベーションが経済発展をもたらすと言ったが、イノベーションの担い手が生まれにくい日本において、どのような基盤整備が必要かと問いかけた。また、経済発展とともに企業家のイノベーションが起こりにくくなる中で、企業家の果たすべき役割は何かと質問した。ちなみにシュンペーターは、ドラッカーに大きな影響を与えた人物で、彼の父の親友でもある。
それに対しドラッカーは、それは日本だけの問題ではないとした上で、日本はこれまで通りの「創造的模倣」で当分の間はうまくやっていけるが、金融の分野は絶対に変わるべきであり、未来において全くの新しい産業やサービスへの移行が求められるなかで「創造的模倣」だけでは世界のリーダーになり得えないと指摘。
ではどうするべきか?ドラッカーは説く。イノベーションや企業家精神には若い人が不可欠だ。ゆえに、金融システムを変えて若い企業家に資金が行き届くようにすることや、企業内で若い人の管理方法を変えて変化のための思い切った提案をおこなうことを義務づけることなどが重要で、社会も組織人だけを是とせず独力で事業を興す企業家を評価すべきである。これらのことは変化として大きいが、日本には明治時代や戦後に過激な変化を経験した経緯があるし、社会全体ではなくごくわずかな企業がパイオニアとして成功すれば良い、と。
しかし、そのためには多大なエネルギーと多大な献身を要するというドラッカーの返答に、㓛は果たすべき責任と役割を改めて認識、「重大な責務とともに、魅力ある挑戦を感じます」と感じ入るとともに、「仕事において成果をあげるべき一人ひとりの働く人間が自らに課せられた責任を認識するか否かが日本の再活性化の鍵である」と課題を挙げた。
二人のやりとりは四半世紀以上の時を経て、いまなお私たちに大きな示唆、そして未来への行動のヒントを与えてくれる。生涯、学ぶことを怠らなかった㓛の情熱が伝わってくる。