2022年
7月号

⊘ 物語が始まる ⊘THE STORY BEGINS – vol.20 安達 もじりさん

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

新作の小説や映画に新譜…。これら創作物が、漫然とこの世に生まれることはない。いずれも創作者たちが大切に温め蓄えてきたアイデアや知識を駆使し、紡ぎ出された想像力の結晶だ。「新たな物語が始まる瞬間を見てみたい」。そんな好奇心の赴くままに創作秘話を聞きにゆこう。第20回はNHK大阪放送局のドラマ演出家、安達もじりさん。

3世代のバトンで届ける贈り物…新境地で切り開いた100年の物語

活字の世界を立体化

「演出家(ディレクター)の仕事とは、活字で書かれた脚本の世界を立体的に仕上げていくこと…といえばいいでしょうか」
これまで20年近くにわたり、NHKの演出家として〝朝ドラ〟や〝大河〟と呼ばれる数々の人気ドラマを手掛けてきた安達もじりさんは、こう説明する。
昨年11月から今年4月まで半年間放送され、話題を呼んだNHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」のチーフ・ディレクターを務めたのが安達さんだ。
1925年、岡山の和菓子屋で生まれ、第二次世界大戦で夫を失う安子(上白石萌音)。幼いころに母・安子と生き別れた後、京都で家庭を築く娘のるい(深津絵里)。るいの娘、ひなた(川栄李奈)は成長し、祖母と母を再会させる…。2025年まで、三世代のヒロインが生きた100年の物語を紡ぎ出し、幅広い視聴者層から支持された。
「物語の舞台は、とにかく徹底的にこだわって作り込みます。だから、その世界の中で思う存分に生きてください…」
岡山、大阪、京都を主な舞台として物語は展開する。演出部を束ねるチーフとして、ロケ地やセットなど、ドラマの世界観の基礎となる「舞台」を完成させるために他のディレクターや、照明部、美術部、衣装部などのスタッフらを指揮。出来上がったその「舞台」で演じるキャストに向かって、安達さんはそう伝えたと言う。
「カーネーション」や「べっぴんさん」、「まんぷく」など朝ドラを担当するのは今作が9作目。朝ドラの演出は慣れたものかと思いきや、こう否定された。
「毎回、初めての題材、テーマで描くわけですから、いつまで経っても慣れることなどありません。毎回、試行錯誤しながら演出しています。特に今回は最も難しかったかもしれない…」と打ち明けた。
なぜなら、今作では、これまでの朝ドラで培ってきたドラマ制作の概念を超える手法に挑戦したからだ。
3人のヒロインで100年を描く。それは、1961年から60年以上放送されてきた朝ドラ史上ではなかった初の試みだった。
「一人の主人公の人生を半年間で一作描く。朝ドラが築いてきたこの伝統を変えるのですから。局内では反対意見ももちろんありました」と安達さんは語る。
脚本家の藤本有紀さんと、この〝前代未聞の朝ドラ〟の脚本作りについて話し合いを重ねる中で、安達さんの頭の中にはこんな壮大な構想が浮かび、イメージが膨らんでいった。
「これはまるでパール・バックの『大地』のようだ。それを日本の市井で生きた家族の日常を、戦争など激動の時代を大げさでなく主人公の家族の視線で淡々と描く。これまでになかった家族の物語が作れそうだ…」と。
米作家、パール・バックが19世紀から20世紀の中国で生きる三世代の家族を描いた物語。バックはこの作品でノーベル文学賞を受賞した。金字塔ともいえる小説だ。

絶妙なキャスティング

「祖母から母、そして孫へ…。3人が生まれ成長し、次の世代へとバトンを手渡し受け継いでいく。コロナ禍で社会が沈む中、ドラマを見る人たちへ届ける〝贈り物〟。そんなドラマにしたい…」
作品にとって最も大切なものは何なのか? 
安達さんは「やはり何といってもお芝居だと思います」と言い切った。
芝居をする俳優を決める重要なオーディション。特に朝ドラのオーディションは簡単に突破できない厳しさで知られている。
「今回のヒロインは3人。深津絵里さん以外の2人はオーディションで選びました」
朝ドラのヒロインは若い女優や女優の卵にとって登竜門ともいえる人生を賭けた一大チャンス。その夢をつかむために集まった応募者の数は3000人を超えた。
いったい、どんな審査が行われているのか?
「もちろん決め手となる演技力は重要ですが、それだけが基準ではありません。実は、オーディション会場へ入ってくるところから、すでに審査は始まっているんです」
最終審査へ進むまですでに数回の厳しい審査を乗り越え、最後まで残っていたのが、上白石萌音と川栄李奈だった。
「最終の演技の審査段階では、私は審査員ではなく演出家の立場になっていました。女優さんたちに、より良い演技をしてもらうために、そばで演出をしていたんです。細かい演技の審査はプロデューサーたちに任せて…」
こうして上白石萌音が安子役を、るい役を深津絵里が、るいの娘、ひなたを川栄李奈が演じることが決まった。
川栄は、朝ドラのヒロインのオーディションを5回受けて落ち、今回6回目の挑戦でついに「ひなた」という大役をつかんだのだ。

演出家の心得とは

安達さんは京都市で生まれ育った。
「ところで本名ですか?」
「そうなんですよ。父がイタリア人画家、モディリアーニが大好きで、もじりと名付けてくれたんです」
地元・京都の高校から東京大学文学部へ進学。映像の世界へ進もうと決めたのは20歳の頃だった。
「学生時代、たまたま飲み屋で隣に座った映画監督と知り合い、翌日から撮影現場へ行き、監督助手の仕事を数年続け、それがきっかけで映像の世界へ就職することになったんです」
運命を変えたその監督の名は林海象。当時、林監督から伝授されたという「演出する際の心得」が、とても興味深い。
《初心忘るべからず。マイペースに粘り強く。役者の芝居は大切に。芝居の中に必ずポイントがある。フィルムはちゃんと見ろ。何事も意思疎通…》
「当時、書き留めていったメモは、今も大切に持っています」と安達さんは言う。
巡り巡って師匠の林監督とは2010年、NHKドラマスペシャル「大阪ラブ&ソウル この国で生きること」で初めてタッグを組んだ。脚本を林監督が、演出を安達さんが担当したのだ。

演奏も歌も…徹底された演出

「カムカムエヴリバディ」というタイトル通り、NHKのラジオ英語講座が一つの大きなテーマとなり、劇中、洋楽もふんだんに登場する。るいという名は、米ジャズ界伝説のトランペッター、ルイ・アームストロングから付けられ、ひなたの名は、ルイの名曲「オン・ザ・サニー・サイド・オブ・ザ・ストリート」(日向の道を)に由来している。
「音楽の演出にも徹底してこだわりました」。ジャズ好きの安達さんは、これまでもドラマの中で、数々の名音楽シーンを演出してきた。
オダギリジョー演じるるいの夫、錠一郎はトランペッターだ。「オダギリさんには撮影前までにトランペットの演奏を覚えてもらいました。深津さんにはドラマ後半でシンガーとして『オン・ザ…』を歌ってもらいましたし…」
芝居と同様、演奏や歌唱シーンにも絶対に手を抜かない。
「撮影までに深津さんは歌を、オダギリさんはトランペットとピアノを猛特訓してくださいました。そのストイックな姿、上達ぶりに感動しました」
るいを岡山に残し、米国へと旅立った安子が米映画界のキャスティング・ディレクター、アニー・ヒラカワとなって岡山へ戻ってくる。
うしろめたさから、数十年も娘に会うことから逃げ続けてきた祖母をつかまえ、背負って母の下へ連れて行く孫のひなたが言う。
「おばあちゃん、もう逃がさへんで!」
祖母と母の再会を孫がつなぐ…。
三世代の歴史を完結させた場面に思わず涙がこみ上げた…そう伝えると、「私も大好きなセリフ、大好きな場面です」と安達さんは笑った。
「正直、ここまで大きな反響があるとは想像できなくて…」。〝未踏の演出〟に挑んだ安達さんの表情は安堵と充実感に満ちていた。
(戸津井康之)

撮影協力 㐂久屋(神戸市中央区)

安達 もじり(あだち もじり)

ドラマ番組ディレクター。主な演出作品は、連続テレビ小説「カーネーション」「花子とアン」「べっぴんさん」「まんぷく」「カムカムエヴリバディ」、大河ドラマ「花燃ゆ」、土曜ドラマ「夫婦善哉」「心の傷を癒すということ」(第46回放送文化基金賞最優秀賞受賞)、ドラマスペシャル「大阪ラブ&ソウル この国で生きること」(第10回放送人グランプリ受賞)など。

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