7月号
食で広がるおいしさの輪 〜VOL.1〜
「食」を軸として交流が生まれ、豊かな暮らしにつながれば…。そんな想いを持つ方々によるお話。
本質的な美味しさにこだわりを持つ三好万記子さんが進行役となり、様々な視点から「食の可能性」を伺っていきます。
[インタビュアー] 三好万記子
食×都市農園 「シェラトンファーム」
土いじりは楽しい! 農体験を通してコミュニケーションする
「神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ」北側の商業施設の屋上に、貸し農園があるのはご存じでしょうか?最近、注目のビルの屋上や空き地などを利用して都心で農業を行う「アーバンファーミング(都市農業)」。神戸市の都市農園モデル第一号「シェラトンファーム」では2021年3月の開園以来、地元民が野菜や果物を育て、思い思いの“農”を楽しんでいます。
消費者と生産者のかけはし
三好 ホテルで貸し農園を手掛けようと考えられたきっかけから教えてください。
西橋 2013年、ホテル2階に「シェラトンマルシェ」というフードセレクトショップを開業し、地元神戸や近郊の農家さんが育てた野菜の販売を始めたんです。当時はまだ生産者直販という形態は珍しかったものの、神戸市が「EAT LOCAL KOBE」といって地産地消のプラットフォームを作成したり、ニーズの合う店舗と直接取引される、大皿さんのような農家さんがちらほら出てきた時期で、お客様も野菜を購入する際にはどこで誰が作ったのかといった食の安全を意識するようになってきていました。そこで当マルシェが双方をおつなぎするような役目をすればいいのではないかと考えたのです。神戸っ子の私自身、まだ知らない美味しいものがたくさんあるとわかり、「神戸の方にローカルの美味しさを紹介する」というコンセプトでお店を運営。買い物がない日も足を運んでくださる地元の高齢者の方がいて、ホテルは宿泊者のみならず、地元の方へのおもてなしや憩い・交流の場としての役割もあると気づきました。
三好 県外からの宿泊者ではなく地元の方に対して、というのが面白いですね。
西橋 特に六甲アイランドには外国人の方をはじめ、食への意識が高い方が多かったこともあり、店に有機野菜を出荷いただいていた大皿さんに依頼し、店頭で月に1回、オーガニックマルシェも開催、さらに「ビオクリエイターズ」の有機農家さん達も紹介していただくなどして、輪を広げていきました。
大皿 「シェラトンマルシェ」の開店2年後に東遊園地の「ファーマーズマーケット」が始まるなど、神戸における「生産者と消費者をつなぐ」動きが活発化していきましたよね。
三好 いわば、先駆者的な存在なんですね。
西橋 とはいえ気負いなく、生産者さんとの契約も緩く、作物の個数が揃わなかったり、発注していない野菜をお試し納品したりもOK、マルシェに加え、レストランにも出荷してもらっていました。農家さんが出入りしやすい環境がホテル内に出来上がっていたため、「シェラトンファーム」も実現しやすかったのだと思います。
三好 お客様と生産者さんのかけはしになるために、大らかな対応をされたのが素晴らしい。企業規模が大きくなればなるほど、契約条件や制約が厳しく、事業として続きにくい状況がありますからね。条件がある程度緩和されることで、神戸の生産者さんが出店し、地元市民が買い物客として訪れる、“農”と市民の交流が自然と生まれていったんですね。
農初心者でも利用しやすい
三好 ファームはホテル北側の商業施設の屋上で展開されています。
西橋 以前の管理者の時代は元々花壇だったのですが、長年手つかずで雑草が生い茂っていました。大皿さんにその存在と活用についてご相談したところ、2020年の春頃、貸し農園のご提案をいただいたんです。
大皿 芦屋の貸し農園に携わっていて、地元住民の方が楽しんで利用されているのを見て、六甲アイランドでも出来るとひらめいたんです。「シェラトンファーム」は神戸市による都市農園整備プロジェクトのモデル第1号に認定され、助成も受けられることに。そうして草刈り、区画作り、土入れとワークショップ形式で整備を進め、3m四方に区切った計12枠(現在16枠)の小さな畑を完成させ、2021年3月の開園にこぎ着けました。
三好 契約は半年更新制だとか。どのような方が借りられていますか。
西橋 親子連れやご夫婦、友人同士、出勤前や仕事帰りに農作業をしてみたい方など、近隣の方を中心に、西宮など、島外の方もいらっしゃいます。
大皿 ほぼ全員が農業初心者だったので、週末にわからないことを相談できる場も設けています。若い新規就農者が交代で常駐し、それとは別に僕が月に一回、講習会を行います。普段は黙々と作業する就農者達はここが唯一“街の人”と対話できる機会(笑)。勉強してコミュニケーションをとることで、農業へのモチベーションを上げる励みにもなっています。
三好 プロの方に教えていただけるのは安心です。また利用者と農家の方、お互いのメリットになっていることがいいですね。
手をかける楽しさを提供
三好 畑では好きなものをつくっておられるのですか?
大皿 野菜でも果物でもお花でも自由です。約束は農薬と化学肥料を使わないということだけ。オーガニックを広めたいという想いのほか、全ての人がストレスなく楽しめる場にするためにはルールが必要ですから。土と触れ合って楽しむことが目的なので、例えば、親御さんが子どもを連れてきた時に、ストレスがかかるような農薬などは使わない方がいい。それで有機栽培に、となりました。ただ僕達、有機農家は「いかに手をかけずに仕事をするか」に終始しますが、ここでは「どれだけ手をかけられるか」という工夫が必要です。手をかけることが楽しいので、自分達がやっている農業とここの農業は考え方が真逆。自分達のやり方をそのままここでやると、つまらないものになってしまいます。だからすごく勉強しないとダメで、今更ながら家庭菜園の本を読みまくっています(笑)。
三好 手をかけるからこそ楽しさも倍増するということですね。収穫されたものを召し上がったり、ご近所に配られたり、それが至上の幸せになっておられるんでしょうね。
西橋 苗や収穫物の交換をされたりしていますね。ビル風が強いので発芽させて苗にしてから植えるようアドバイスいただいたこともあり、種から苗がたくさんできた人は「よかったらどうぞ」と入口に置いてあったり。いい感じに皆さんが緩やかにつながっています。
大皿 西橋さんが間に入ってくださるほか、コミュニティマネージャーとして食の情報発信や企画を手掛ける会社「KUUMA」の江副真文さんが利用者さん同士の交流を深めてくださっています。六甲アイランド在住の方で、ワークショップの参加を通じて運営事務局に立候補され、ホテルと生産者、利用者さんの潤滑油的存在。ホテルという敷居の高いものでなく、ゆる~い感じで気軽に楽しめるファームクラブ的な取り組みとして、理想的な形が出来上がってきています。
三好 確かに収益や収穫を目的とすると、全然違った形になってしまいますよね。
大皿 おかげさまで途中でやめる人がいないばかりか、継続希望が多く、新規希望者は空き待ち状態となっています。
西橋 ホテルの食の取り組みの一つとして、ファームは安心安全な食の提供を確認できる価値のある場所。また私たちホテルも一画、借りているので、土を触るだけですごく癒され、ホテルスタッフやシェフの気分転換にもなっています。
三好 都心の職場や暮らしの中で土いじりはなかなかできないですよね。農業を通じて、体を動かし、心を休め、食の安心安全の大切さを再認識するなど、豊かな価値観を育くまれているということですね。
日常に「農」を散りばめる
三好 最後に今後の展望を教えて下さい。
大皿 雑草だらけの荒地がもう一つ、あるんです。レストランの中を通らないと行けない場所なので、日々管理しなくていい麦の栽培を考えています。種まきと麦踏みという数回のワークショップを開催し、刈り取った麦とホップでクラフトビールをつくる。当社では2019年から麦を育てクラフトビールをつくる取り組みをやっていますので、ビール好きな男性や農業にあまり興味をお持ちでない方にも参加してもらうことを期待しています。
西橋 私はエディブルスクールヤードや給食などに興味があり、子ども達主導の活動を考えています。貸し農園や食育に興味のある保護者のお子さんに限らず、学校や日常生活のなかで土に触れる機会をつくりたい。「畑、楽しかったよ!」と子どもさんから親御さんへ伝わるような仕組みです。日常生活で野菜が成長していく様子を続けて観察体験できる機会を皆に平等につくる。そうして子どもたちが地元ふるさとに誇りをもち、将来、安心安全な地元のものを買い支える大人になってもらえればいいなと思います。
三好 子ども時代の思い出は意外と忘れないですし、「食の未来」を考えた時に大きな役割を果たす可能性がありますよね。
大皿 多くの人がこの取り組みに触れる機会を増やすため、色々な人が参加できるイベントも企画していきます。現在、ファームを借りておられる方が、ここで体験した感動を知人や友人にも伝えたいと別の空き地にプランターをつくってレクチャーを始められています。都市農園の活動が自然と拡大していくことを嬉しく思います。
西橋 3月に続き、6月19日にファーム内で「グリーンファーマーズマーケット」を開催しました。3か月に1回のペースでメンバー専用の敷地内を、当日はどなたでも見学できるほか、新鮮な野菜をはじめドリンクや軽食、スイーツなどを販売しています。今後も農園の運営、そしてその取り組みを知ってもらうイベントを実施しながら、農を通じて地域の居場所としての可能性を拡げ、都心で住む人が「食」を考えるきっかけづくり、交流づくりに役立てればなと考えています。
三好 例えば、スポーツジムに通ったり、ペットを飼育したりすることと同系列で、土と触れ合うという身近でトライしやすい選択肢が増えることで、日々の生活を生き生きと過ごすことができます。農業という技というよりは、土と関わる“楽しさ”が広がっていく。本日の対談で、心に豊かさを耕すという新しい考え方を知り、とてもよかったと思います。
(株)ナチュラリズム 代表取締役 大皿 一寿さん
神戸市西区で「ナチュラリズムファーム」を運営。有機JAS認定農家として米、麦、野菜を栽培する。2016年、西区の有機農家チーム「ビオクリエイターズ」を発足し、前払い方式の野菜販売や飲食店への直接販売に取り組む。2019年から大麦を栽培しビールづくりに挑戦している
神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ 総支配人室長 室長 西橋 悦さん
2012年より総支配人室勤務。企画・広報などホテル全体の業務に携わる。「シェラトンマルシェ」「シェラトンファーム」の開業・開園にはプロジェクト担当として運営や広報に注力。生産者とのつながりを大切にしながら食の力を伝える企画の他、誰にとっても居心地のよい場づくりを目指している。野菜ソムリエ、フードコンシャスネス(味わい教育)インストラクター、神戸松蔭女子学院大学非常勤講師
(株)ターブルドール 代表取締役 三好 万記子さん
夙川の料理サロン「Table d’or」と出張料理人としてのケータリングに携わり、20年を迎える。料理はもちろんディスプレイを含むトータルコーディネートに定評があり、企業のメニュー開発やレシピ提供など、“食”を幅広くプロデュース。2020年秋、自身の誕生日の数字をとってカフェレストラン「78 Fuzuki Yaoka」を芦屋にオープン。オーナーシェフとして自ら腕をふるう