7月号
ノースウッズに魅せられて 最終回
美しい罠
華やかな妖精たちが人目を盗んで飛び回っている…薄暗い森の奥で初めて野生のランを見たとき、そんな秘密の光景を目撃してしまったような気がして思わず息を呑んだ。
日本ではアツモリソウと呼ばれるランの仲間だが、ノースウッズではShowy Lady’s Slipperという名で知られる。Showyとは少し見栄っぱりな外見上の派手さを意味し、Lady’s Slipperとは文字通り「レディーのスリッパ」。ふくらみのある花弁が靴のような形状をしていて、黄色やピンクの別種もまとめて「モカシン・フラワー」と呼ばれることもある。Showyは背の高さが120センチにもなるが、極めて小さな種子からの成長は遅く、花をつけるまでに16年を要すると言われている。
実はこのラン、見た目の美しさの裏に罠を隠している。惹き寄せられたハチたちが花の奥へ潜っても、期待していた蜜はどこを探しても存在しない。「だまされた!」と思っても時すでに遅し。からだ中に花粉がまとわりついて、別の花へ運んでもらう準備は終わっているのだ。
でもハチも学習するはず。蜜がないことを知れば、二度と惹かれることは無いだろう。それなのに今もこのランが生き残っているということは、受粉の可能性はゼロではないということだ。忘れっぽいハチがいて、長い距離を飛んでいるうちにまた同じ失敗をしてしまうのかもしれない。あるいは、たまたまなかっただけかもと思うハチがいるのかもしれない。もしくは、だまされていることに気が付かないハチだって…。自然の成り立ちはいつも不思議に満ちている。
写真家 大竹英洋 (神戸市在住)
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』で第40回土門拳賞受賞。写真家になった経緯とノースウッズへの初めての旅を描き、第7回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞したノンフィクション旅エッセイ『そして、ぼくは旅に出た。』が、2022年5月に文春文庫となって刊行された。