5月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第131回
日本の病床数への誤解 特にコロナ対応について
─日本は世界一病床数が多いと聞きましたが、コロナ患者を充分受け入れできなかったのはなぜでしょうか。
橋本 日本の人口1000人あたりの病床数が12.8床と先進国中最多(図1)となっていることから、コロナパンデミックによる感染拡大に際してご質問のような疑問、あるいは批判が医療界に寄せられましたが、病床についてはかなりの誤解があるようです。まず、新型コロナウイルス感染症の患者さんはどの病床でも受け入れできるわけではないのです。
─どのような病床に受け入れることになっているのでしょうか。
橋本 新型コロナウイルス感染症は、指定感染症2種相当(令和3年2月からは新型インフルエンザ等扱い)ですので、周囲から隔離された感染症病床に入院するのが原則となります。しかし、この感染症病床は感染症の多くない時は病床利用率が3%台と低く、医療の効率化を求める圧力により年々減らされてきました。令和2年10月1日時点での厚労省のデータによれば、指定感染症2種として認定された病床は全国でわずか1752床、兵庫県は50床でしかなかったのですよ。
─その程度のキャパシティですと、感染拡大時は受け入れることができませんよね。
橋本 その通りです。ですから、一般病床をコロナ患者用に転用することで何とか対応しています(図2)。しかし、急増する患者数に対応がとても追い付いていません。しかも、転用する病床は感染防御のため完全に他の患者から隔離された環境でなければならず、対応する医療スタッフにも常に防具着用など厳しい感染対策が求められます。また動線の分離も必要で、使うエレベーターも通路もコロナ専用にしないといけないんです。
─一口に病床といっても、いろいろな種類があるのですね。
橋本 病床数として出ている数字は、一般病床、精神科病床、療養病床などの病床を合わせたものなんですよ。日本の病床は欧米先進国と違い、精神科と高齢者用の療養病床がとても多く、産科診療所など日本独特の有床診療所が約9万床あり、合算すると世界一病床が多いといえますが、これらの病床ではコロナ患者を受け入れることができません(図3)。精神科病床や高齢者用の療養病床は大部屋が多くてマスク着用率も低く、逆に感染が広がりやすいのです。
─日本は、コロナ患者への対応の鍵となる急性期向けの病床数が少ないのですか。
橋本 人口あたりの病床数をみると、カナダ、フランスよりは多いのですが、リハビリ病床を加えるとドイツより少ないのが現状です(表1)。ですから、日本の病床が多いというのはコロナ患者受け入れに関しては必ずしも当てはまりません。しかも、カナダやヨーロッパでは病床の多くが公的病院なので政府がコロナ患者用に転用を指令するなどコントロールしやすいのです。
─今回のコロナ禍では、地方より大都市部の方が患者の受け入れが大変だったように思いますが。
橋本 地域によってばらつきがありますが、感染者の多い大都市部では人口あたりの病床数が少ない傾向があります(図4)。東京、大阪、神戸など大都市で病床のひっ迫が起こりやすい理由がお分かりいただけると思います。
─病床数の問題以外に、病床ひっ迫の原因はありますか。
橋本 高齢の患者数が多いことが、ひとつの原因になっていると思われます。虚弱な高齢者は若年層より回復に時間がかかり長期間病床を埋めてしまうので病床の空きがなかなか出ません。昨年の第5波では比較的若い層の入院が多かったので病床の回転が良く病床のひっ迫はありませんでした。さらに、病床は空いてもスタッフが感染したり、保育所のクラスターにより子どもを預けられなくなったりなどで人員不足がおこり、受け入れができない場合もあります。
─コロナ以前は病床の削減や効率化を追い求めていましたよね。
橋本 ここ20年間、医療費削減のため病床を施設に転換するという国の方針により、療養病床、有床診療所を中心に毎年1万床以上の病床が減り続けていますが、今後もこの方針は継続されるようです。また、小泉・竹中構造改革により、医療界は長らく不採算の感染症病床の削減など合理化を余儀なくされてきました。今回のコロナパンデミックでは、これらのツケが回ったともいえます。今後もいろいろな感染症が人類を襲う可能性があります。その備えも含め、医療提供体制の再構築は経済効率のみで良いのか考えていただきたいと思います。
※記事内容は取材日(2022年3月下旬)時点での情報に基づいています。新型コロナウイルスに関する情報は日々変化しています。最新の情報は各自ご確認ください。