2022年
5月号

神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~㉕後編 カール・ユーハイム

カテゴリ:, 神戸

カール・ユーハイム
一世紀を経ても変わらない…神戸に遺したドイツの味

困難を乗り越えて

祖国・ドイツを離れ、ドイツの占領地だった中国・青島へ。そして第一次世界大戦下、捕虜として日本へ…。
若い頃は、まるで渡り鳥のように移住地を転々としたカール・ユーハイム。そんな彼の流転の人生の中で、変わらなかったものがある。生涯、菓子職人としてバウムクーヘンを焼き続けことだ。彼が終の棲家として選んだ、その地は神戸だった。
なぜ彼は神戸で暮らすことになったのか?
その経緯もまた、彼のドラマチックな人生を物語る。
第一次世界大戦後、捕虜から晴れて自由の身となったユーハイムは、日本にとどまる道を選ぶ。東京・銀座の喫茶店の3階で住み込みながら菓子職人として働いていた彼は、青島で結婚した妻、ドイツ人のエリーゼと長男、カールフランツを日本へ呼び寄せる。
その後、横浜市で、エリーゼの名前をとった「E・ユーハイム」という名前の喫茶店を1922年3月に開店。一家3人で幸せに暮らしていたが、翌年9月1日、関東大震災が発生。彼の店は焼失してしまう。
この火事の様子について、戦後、兵庫県尼崎市で暮らしていた作家、頴田島一二郎の著書「カール・ユーハイム物語」のなかで、こう描写されている。
《この地震は、ちょうど昼食時であったため炊事の火からの火事が多く、そのため死人も多く出た。E・ユーハイムでもお客九人のほか計十一人が悲しい犠牲になっていた。カールが耳にした ──助けて! 助けて! という声も、その中の何人かだったに違いない…》
またしても全財産を失ってしまったユーハイムは横浜を出る決意を固める。
妻子を連れ、神戸市垂水区の知人を頼り、船で神戸へ向かうのだった。
「カール・ユーハイム物語」ではこう続く。
《被災者を船腹一杯満載した英国汽船ドンゴラ号は、九月六日いまは廃虚と化した横浜を見捨て、神戸に回航した…》

神戸からの再出発

再起を懸ける彼は、当初、神戸市北野町のドイツ系ホテル「トアホテル」に勤務しようと考えていたが、三宮にあった洋館に喫茶店を開業する。
店の名はドイツ語の「ユーハイム」。
三宮で店を開くよう強く勧めたのは、世界的バレリーナのアンナ・パブロバだったという事実が、とても興味深い。
神戸へ避難した彼は、三宮を歩いていて偶然、パブロバに出会う。
「家と職を探している」という話を聞いたパブロバは彼にこう伝える。「カール・ユーハイム物語」の中にその会話の様子が記されている。
《「そんなの心配ないわ。この家でお店開きなさいよ」
彼女の指さしている家はビーフステーキで有名な弘養軒や橋本食堂の並びの東角、神戸っ子が「サンノミヤイチ」と略称で読んでいる三宮一丁目電停のすぐ前のレンガ建て三階の洋館だった…》
ユーハイムは彼女の言葉に従い、このビルで店をオープンした。バウムクーヘンの他、日本で初めてマロングラッセも販売する。
連日、店は神戸で暮らす外国人たちで賑わい、日本の政財界の関係者、文化人らも多数訪れたという。文豪、谷崎潤一郎も常連客の一人として知られ、名作「細雪」の中にも、この店が登場する。
だが、戦争や震災など数々の試練が彼の心を砕いたのだろうか。1937年、彼は精神を患い、ドイツへ一時帰国。数年後、日本へ戻ってくるが、第二次世界大戦が始まり、店の経営が立ち行かなくなり、1945年6月、神戸・六甲の六甲山ホテルで家族とともに療養した後、8月に死去。死因は中風だった。
戦後、エリーゼはドイツへ強制送還されるが、1948年、かつて店で働いていた3人の日本人の弟子が、店の復興を目指して「ユーハイム商店」を設立する。
「カールの魂を継承しよう…」と、エリーゼは1953年、神戸へ帰ってくる。1961年、社長に就任し、「ユーハイム」を立て直し、1971年に亡くなるまで神戸で暮らした。夫、カールと同様、彼女の人生もまた波乱に満ちていた。
GHQにより、ドイツに強制送還されたエリーゼは、神戸に帰って来たとき。
「私は死ぬまで日本にいる」。こう神戸で生き抜く覚悟を語ったという。
横浜で一号店を構え、先月、創業100年を迎えた。今もユーハイム夫妻は芦屋市のお墓から〝ユーハイム伝統の味〟を見守っているに違いない。
=終わり(次回は鬼塚喜八郎)
(戸津井康之)

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