2022年
2月号

映画をかんがえる | vol.11 | 井筒 和幸

カテゴリ:現代美術

スリリング。サスペンス。リアリズム。差し迫るぞくぞく感と写実。これらは映画に真っ先に求められることだろう。ボクが23歳の時、初めて35ミリフィルムを使って自分で映画のようなものを撮って思い知ったことだ。1975年、公開中だった五木寛之の原作で九州筑豊の炭鉱町が舞台の同名映画『青春の門』の題名だけ真似て、『性春の悶々』というチンケなピンク映画を高校の同級生仲間で作って、その仕上がり具合を大阪の場末の映画館に頼んで試写させてもらい、皆で大きな銀色のスクリーンで見て呆然となったのを思い出す。こんな画面にスリルなんかどこにあるんや?何が緊張するサスペンスなんや?この次に誰がどうなるなんてとっくの前から知ってるぞ、だったら早くそれを見せろ、何をチンタラしてるんや、こいつの芝居もあいつの下手な台詞回しも、あー見てられんわ、聞いてられんわ…。
皆で作って、皆で落胆して、皆で思い知って、そのプリント試写に皆でただ耐えていた。しかも、台詞や仕草を指図したのは自分だ。その技量のなさに恥ずかしく身体中から脂汗が出て、人生で最も自分が最低に思えた。でも、その時、ボクは映画作家になるのを諦める気はなかった。自作の“映画もどき”にスリルとサスペンスとリアル感がないと分かったんだし、だったら、しっかり学ぼうと肚を括ったのだった。
生きる目標を見つけたのは自分の映画表現力の無さからだが、力添えになってボクを引っぱってくれたのは、まだ30歳代そこそこのフランシス・F・コッポラやウィリアム・フリードキン監督のニューシネマ群に尽きる。『ゴッドファーザー』(72年)や『フレンチ・コネクション』(72年)は勿論のこと、ポパイ刑事ことジーン・ハックマンが今度はコッポラによって孤独な盗聴屋に変身したスリル満点の『カンバセーション…盗聴…』(74年)。そして、何よりゾクゾクしたフリードキンの『エクソシスト』(74年)はいずれも米国の未来の見えない混沌とそのバタ臭い風俗まで丸ごとがリアリズムで、もうそれが映画であることも忘れてしまうほど、映画の真価とはこういうものかと思わせてくれたのだ。
そんな中、公開を待ちに待っていたのが、『フレンチ・コネクション2』(75年)だ。前作のラストでニューヨーク市警のポパイ刑事が撃ち殺したか取り逃がしたか、その消息が不明だったフランス麻薬密売組織のボス、髭のシャルニエが実はフランスに逃れていて、ポパイがマルセイユに単身赴任して追い詰める話だという噂が立っていた。予告篇には巡り合えなかったが、人間不信になってサックスを吹いてその日暮らしをする盗聴屋のジーン・ハックマンが、またあの黒いポークパイ・ハットを小粋に被ったタフな刑事になって戻ってくるのが嬉しかった。ポパイが実際に生きてるようだった。しかも、監督が『グラン・プリ』(67年)でF1ドライバーの哲学を教えてくれた鬼才ジョン・フランケンハイマーと聞いては、絶対に見ないことには人生が前に進まなかった。ポパイと悪党シャルニエの対決を見届け、ボクも自作を作る意欲を貰いたかった。映画はボクの生活の息継ぎだった。
ポパイがマルセイユに来たのを察知したシャルニエは手下に彼を捕まえさせて、彼を麻薬漬けにして中毒患者にしてしまう。ここまでサスペンスフルな展開とは思わなかった。シャルニエ役のフェルナンド・レイは巨匠L・ブニュエル作品の常連で悪党役が巧い。でも、ハックマンが禁断症状と戦うさまははるかに凄かった。これぞ、リアリズムだ。
後年、最後にポパイがシャルニエを追い詰めた場面が撮られたマルセイユ港の桟橋に、旅番組ロケで行った時、パイハットを被ってポパイの気分で立ってみた。麻薬を米国中にばら撒いて、地中海を見ながらワイン片手に女と戯れるような麻薬王は許せないと銃を構えたポパイの気分に、ボクもなれて嬉しかった。そして、彼が麻薬中毒から立ち直って、港で食べた二色アイスクリームの味も想像してみた。こんな人間らしい刑事映画は今は見かけない。

PROFILE
井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD、2021年11月25日発売。

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