9月号
くらしと医療を考える
信頼される良医の育成を目指す
兵庫医科大学 学長
野口 光一 さん
今年4月、兵庫医科大学学長に就任した野口光一さんに、地域で信頼される良医を育成するための教育方針や学生たちへの思いなどお聞きした。
原子核工学から医学の道へ
―もともとは原子核工学を学ばれていたそうですね。今のお仕事に就かれるまでには、どのようなことがありましたか。
野口 元々、物理が好きでしたので京都大学工学部原子核工学科に進学しました。学問としては非常に楽しかったのですが、いざ就職先となると限られてしまいます。また、極めて巨大科学である原子力は個人の努力ではどうしようもない分野だと感じました。そこで、自分の努力で成果を出せる分野のひとつである医学の道を目指しました。
当初は医者になるために、漠然とした思いで医学部に入学し、卒業後、整形外科の臨床で3年ほど過ごしました。その後、大阪大学の大学院で、医学研究のおもしろさに目覚め、そこで初めてこの仕事に一生をかけようと決意しました。また、本学に来てからは教育のおもしろさ、学生とのコミュニケーションの楽しさに目覚めました。
信頼される医師になるために
―兵庫医科大学の学生気質は。
野口 学生の約8割が医師の子弟ということもあり、皆「医者になろう」という意欲を持っています。また、性格が温和で優しい学生が多いですね。いい意味でのんびりしていて、将来、「患者さんに優しくできる医師」になる素質があると思います。これは医師としては極めて重要なことです。
しかし、それだけではプロにはなれません。技術・技能を身に付け、専門性を高めることができれば、地元で信頼される医師として、地域に貢献できると期待しています。
―1年生から多くの実習を行っていますが、その理由は。
野口 1年生から自分で体や手を動かし、実際に患者さんに接する経験ですから得るもが多く、また経験から得た情報は頭に残りやすいものです。医師になるための動機づけになり、自分の実力がどの程度なのかを再認識して次の勉強につなげることもできるためです。
―医師に必要なコミュニケーション力も実習で育成しているのですか。
野口 ええ、実習では相当時間をかけています。「そんなものは自然に覚えるもの」と思われるかも知れませんが、今の学生は大学に入るまで受験勉強で忙しく、そのような機会が少ないと感じています。また、核家族で、高齢者と接するのは初めてという学生もいますからね。
新患で来られた患者さんの了解を得て、受付から診察、検査、再度診察、会計までほぼ一日学生が付いて回るエスコ―ト実習を取り入れています。学生の時から実習を行うことで、座学とは違う貴重な経験を積むことができます。
実習中、多くの学生たちが患者さんたちから話しかけられ、将来へ向けての激励を受けています。ありがたいことです。
他にも、情報収集の方法や論理的思考法、ディベートの方法、論理的な文章の書き方などをアカデミックリテラシーという科目で教育しています。基本的な項目ですが医学部でもきっちりと教えています。
教育、研究、臨床のバランスが重要
―研究機関としての大学の役割は。
野口 大学は学問の場であると同時に、アカデミックな研究を通して新しいものを見つけ、社会に発信していく場でもあります。基礎医学はもちろん、臨床医学での研究成果が患者さんのための新しい治療法や手術法へとつながりますので、「研究」に関して大学は重要な役割を担っています。
本学に限らず、研究をしない医師や教員が増え、日本中の大学が危機感をもっています。また、医師免許をもつ若い研究者が減っているのが現状です。医療技術や治療薬のほとんどを海外からの輸入に頼っているようでは、日本の医学の将来は非常に不安です。国益にも反するものです。本学では医学研究に力を入れ、多くの科学研究費を取得し、特にここ10年は私立医科大学ではトップクラスの研究力を誇っています。今後も教育、臨床とのバランスを取りながら進めたいと考えています。
―他大学との連携は。
野口 他大学と連携してがんのプロフェショナルを育成する「がんプロ」をはじめ、その他共同研究などを多数行っています。中でも本学の特徴として、同法人内の看護師・薬剤師・理学療法士・作業療法士を育成する兵庫医療大学と「チーム医療」をテーマに実質的な連携を取っています。実際の現場では、医師が多職種と一緒に働きコミュニケーションを取るのが当たり前ですから、学生の頃から経験しておこうというものです。
このような取り組みができる大学は他にはあまりないでしょうね。看護、リハビリ、薬学、そして本学医学部の4学部生がグループになり、チュートリアル形式で学習しています。看護学科4年生ともなれば実習も終え、国家試験目前でかなりの知識力がありますが、医学部3年生はまだまだ。教えられることも多く、非常に良い経験になっているようです。
誰もが誇りに思える大学づくりを
―新教育研究棟が来年完成しますが、建設のきっかけは。また、どのような施設ですか。
野口 大学のさらなる教育研究施設の充実を図るために、平成29年度のオープンをめざして建設を進めています。
本学の学生は良医になる素質をもち、医師国家試験でも成果を挙げています。そのような学生たちが頑張っている様子を見るにつけ、「国家試験準備のために可能な限り環境を整えてあげたい」という思いがあり、最高のロケーションである12階に6年生専用の自習室を設ける予定です。
その他、図書館をはじめ、ディスカッションをしながら自主学習できるラーニングスクエアの設置も予定しています。
―学長としての今後の課題は。
野口 卒業生・在校生の兵庫医科大学への帰属意識をいかに高めるかが課題です。卒業生と在校生の関係を強め、彼らが母校にフィードバックする。難しいですが、おそらく学長のリーダーシップが重要な鍵を握ると思っています。問題点や情報を公開し、方針を表明して同意を得て、人の輪を作るための地道な努力をすることでお互いにメリットがある関係を構築できるはずです。母校として誇りをもってもらうためには、大学の社会的評価を上げることも大切だと考えています。
―兵庫医科大学としての今後の課題は。
野口 学生が研修などでも使用する新病院棟の建設です。限られた敷地内でどのようなローリングプランを立てて進めるかが大きな課題です。
―兵庫医科大学病院を頼りにしている地元の患者さんが大勢います。今後のさらなる発展に期待しています。本日はありがとうございました。
野口 光一(のぐち こういち)
1956年生まれ。1979年京都大学工学部原子核工学科卒業。1983年大阪大学 医学部 卒業。1989年大阪大学大学院医学研究科修了。1994年兵庫医科大学教授などをへて、2016年4月より兵庫医科大学学長に就任。2012年兵庫県科学賞を受賞