10月号
有馬温泉特集〈日本最古の湯・有馬〉四 有馬は日本一古い温泉
有馬温泉 陶泉 御所坊 金井啓修 さん
国を挙げて海外からの観光客誘致に力を入れる中、有馬温泉でも多くの外国人を見かける。いち早くインバウンドに目を向け、御所坊をブランディングしてきた第15代主人・金井啓修さんにその手法や考えをお聞きした。
古くさい日本らしさを提供する宿「御所坊」
―御所坊は海外の旅行サイトで人気ランキング上位に入っているそうですが、理由はどこにあるのでしょうか。
金井 好みは人それぞれですから、ランキングというのはあまり意味がないと思います。例えば、シンガポールで話題のマリーナ・ベイ・サンズに泊まりたい人もいれば、100年以上の歴史を持つラッフルズホテルに泊まりたいという人もいます。有馬に来られて、近代的な設備が整った快適なホテルに泊まりたい人もいれば、古くさくて床はギシギシ、御所坊のような宿に泊まりたい人もいますからね(笑)。強いて言えば、日本人と外国人、外国人でも国によって価値観は違います。私が考える価値観がたまたま欧米の人たちの価値観と近いのではないかと思います。
―どういう点ですか。
金井 有馬温泉は日本で一番古くて歴史があり、特殊な湯が沸く温泉です。それが感じられる宿にするべきだと思っています。外国人が日本に来た時に求めるのは日本らしさです。有馬の中で、古き良き日本が残っているひとつが御所坊だから、お越し頂き日本らしさを感じて頂いているのでしょうね。
―そういった感覚はどこで身に付けたのですか。
金井 若い頃、神戸外国倶楽部でアルバイトとして働いていた時だと思います。当時の神戸外国倶楽部にはライブラリーがあり、チェスの大会やパーティーが開かれ、イギリスのセントジョージズデイやスイスのナショナルホリデーなどのイベントを目の当たりにしました。そこに集う外国人の好みに影響されているのかも知れません。
日本の常識は外国人にとって〝おかしな〟ことかも知れません
―特に意識してインバウンド向けのサービスを心がけているわけではないのですね。
金井 そうですね。唯一言えるのは、海外向けサイトをネイティブで発信していることです。外国の日本向けサイトがヘンな日本語で書かれていると信用できないでしょう?その逆も同じことです。
―スタッフもネイティブ対応を?
金井 まだ完璧にはできていませんが、スタッフが一生懸命カタコトで対応するのもプラス要素になると思っています。クレームには「わかりません」で対応できますしね、これは冗談ですが(笑)。
―クレームも多いのですか。
金井 外国のホテルとの料金体系の違い、食事が付く付かないなどが多いですね。外国の予約サイトとの間に入って取りまとめる日本サイトとの情報伝達の行き違いもよくあります。
―温泉入浴マナーも問題になっているようですが…。
金井 世界では、湯船につかるという習慣をほとんどの国の人がもたず、シャワーを頭から浴びるのが常識ですから、湯船でも同じ感覚で使うのではないでしょうか。考えてみれば、日本人のお風呂の入り方がとても〝おかしな〟ことかも知れません。それを「おもしろ、おかしく」紹介することから始めてはどうでしょう。有馬には昔、「千と千尋の神隠し」に出てくるような「湯女(ゆな)」がいて、マナー違反をする人が居たら棒で壁をトントン叩いて注意したと英語で紹介するとか…。もっとも、日本人でも知らない人が多いでしょうが(笑)。
アジア圏だのみでは立ち行かないそんな時のために…
―有馬のインバウンド誘致の今後について。
金井 今はアジア圏だのみですが、何らかの理由でこれが減少した時に備えて他の国にも目を向けておかなくてはいけません。まず閑散期の6、7月にはオーストラリアからのインバウンド誘致です。キーワードは「有馬温泉とこの時期の日本の高湿度で皮膚トラブルを癒す」。オーストラリアは紫外線が強く、皮膚病を患う人が多いとうかがいますので。夏はアラブからのオイルマネーをターゲットにします。炭酸飲料を好むイスラム諸国への告知ツールとして「有馬サイダー」が使えます。欧米人に向けては「有馬山椒」。欧米人は、ハーブなど薬草や薬味への関心が高い。ここ6年、有馬本来の山椒の栽培をしています。3年後には十分な収穫が期待できます。
―御所坊としては?
金井 御所三坊それぞれに感覚的な違いを持たせています。「御所坊」はリアルに古い日本が体験できます。「花小宿」はベッドを入れていますので、ある意味リアルでない古さがあり、リッツのような快適さを求める人のための日本版。離れにある木造平屋のスイートルーム「御所別墅」もベッドを入れていますが、意外と純日本的な本館のほうが人気がありますね。
―息子さんたちも御所坊ブランディングに加わっているそうですね。
金井 価値観の違いで日々喧嘩ですよ(笑)。例えば、厨房内やスタッフのサービス動線を公開するというのです。外国人、特に若い人たちは宮崎駿をはじめ日本のアニメを見て日本を知っていますから、その世界観をもって集客しようという考え…そこは見せるべきところではないと思うのですが。「たくさんお客さんに来てもらいたい」という基本は同じですから、これからも喧嘩しながらでしょうね。
―新しい感覚も取り入れつつ発展する御所坊、そして有馬に期待しています。
金井 啓修(かない ひろのぶ)
有馬温泉で800年以上つづく老舗旅館「御所坊」の15代目。77年、有馬温泉観光協会青年部を結成して活性化に取り組む。81年、26歳の若さで「御所坊」を継ぎ、個性的な宿づくりで脚光をあびる。2008年、「有馬山叢御所別墅(ありまさんそうごしょべっしょ)」をオープン。世界的なからくり人形のコレクションが集う「有馬玩具博物館」は、約4000点もの所蔵を誇る。国土交通省の観光カリスマや内閣官房の「地域活性化伝道師」などに任命されている。