2019年
4月号
4月号
兵庫県のANDO建築探訪 ④ 本福寺 水御堂 兵庫県淡路市 1991年完成
《淡路夢舞台》から車でおよそ10分、大阪湾を一望する小高い丘の上に本福寺というお寺があります。その御堂の設計を依頼されたのは1980年代末、ちょうど仕事を始めてから20年目の年でした。お寺といえば、立派な大屋根をつくるのが普通です。しかし、この御堂には屋根がありません。代わりに参拝者を迎えるのは蓮を浮かべた楕円形の水盤。御堂はその下に潜んでいます。
発想の原点は、若い頃に仏教発祥の地、インドで見た蓮で覆われた池の情景でした。蓮は、釈迦の姿の象徴とも言われます。この蓮池に包まれた御堂ならば、権威主義的な大屋根よりも、よほど仏教精神にかなっているのでないか。既成概念にこだわらずに、仏教とは何か、寺院とは何かと、原点から考え直してみた結果でした。
プランをまとめて住職、檀家に説明すると「御堂を水の下につくるなど罰当たりな」と猛反対を受けました。こちらも譲らないので、困った檀家代表が、大徳寺の立花大亀大僧正という、当時90才を超えられていた高僧に意見を乞うと、大僧正は「仏教の原点である蓮の中に入っていくのは素晴らしい」と。その一言で状況は一変、はじめに思い描いた通りの形で《本福寺水御堂》は完成しました。
蓮池下の御堂内部は、回廊から本堂まで、すべてを朱色に仕上げられています。本尊の背後から入り込む落日の光が空間全体を朱色に染め上げ、極楽浄土の世界を現出させる。これは兵庫県の小野市にある、重源がつくった浄土寺浄土堂の作法にならったものです。完成からもうすぐ30年、蓮池の御堂はひそやかに、しっかりと、地域に息づいています。
■淡路夢舞台
兵庫県淡路市浦1310
建築家
安藤 忠雄