11月号
縁の下の力持ち 第5回 神戸大学医学部附属病院 総合周産期母子医療センター
神戸大学医学部附属病院
総合周産期母子医療センター 産科婦人科講師
森實 真由美さん
神戸大学医学部附属病院
総合周産期母子医療センター 小児科講師
藤岡 一路さん
元気に育って、忘れてもらうのが私たちの役目
シリーズ第5回は、病院内では妊婦さんや家族、そして赤ちゃんともコミュニケーションを取り表舞台に立つ存在。でも、ある意味では〝縁の下の力持ち〟という総合周産期医療センターです。
―産婦人科と小児科の先生が連携を取りながら、出産と新生児に関わっておられるのですね。
森實 リスクを持った妊婦さんと胎児ですので、産まれてから最善の対応ができるよう、赤ちゃんがおなかの中にいるときからエコーやMRI、必要に応じてCTなどの検査結果を基に、小児科の先生と常に相談し協力しています。
藤岡 週1回の定期的なカンファレンスで情報を共有し、特に説明が必要な妊婦さんには、その時点での状態と産まれてきてからの対処について直接お話しさせていただいています。
―新生児医療はどこまで進んでいるのですか。
藤岡 以前は22~23週目で産まれてきた未熟児の救命は難しく、また蘇生処置で苦しませることが良いのかという議論がありました。現在は妊婦さんが産科にいる時点からコミュニケーションをとり、最善の方法を選択できますから救命率は向上し、小さく産まれても大きく育てることが可能となってきました。
森實 日数を満たすのを待ち赤ちゃんの体力がなくなるのであれば、たとえ何日か前でも元気なうちに出してあげたほうがいい場合もあります。いつ、どういう方法でお産をするかを話し合いながら進めています。
―小さく産まれてきた新生児を小児科の先生方が見守り、大きく育てるのですね。
藤岡 そうです。大切な命をお母さんのいないところでお預かりするのですから責任の重さを感じます。24時間、赤ちゃんと一対一。赤ちゃんは言葉を発することができないので、顔色や動きなどから些細な変化を見逃さないように慎重に観察します。そして保育器の中で十分に育ち、「もう大丈夫」と判断したらお母さんのそばにお返しします。
森實 とはいえ、不安なことがあればスタッフがすぐに対応できますし、普通の出産ができなかった責任を一人で抱え込んでいるお母さんもいますから臨床心理士が話し相手になることもあります。
―先生方がお医者さんを志されたきっかけは?それぞれ専門を選ばれたのはなぜですか。
森實 私はここに至るまで寄り道が多くて(笑)、実は工学から医学へ転向しています。医学部6年生で1ヶ月実習したとき、産婦人科で「自分にフィットするかもしれない」と感じ、初めて立ち会った出産では感動で自然と涙が出てきました。
藤岡 私はなぜか子どものころから「自分は普通に大学を卒業しても、入社試験に受からないんじゃないか」と漠然とした将来への不安を抱いていました。そこで、手に職を付けようと医学部に進み、大人より子どもが好きだから小児科医を選びました。でも幅広い年齢層の子どもをみるのは自信がない(笑)、新生児という限られた領域なら自分にもできるかなと。
―どちらも人手が足りなくて激務だといわれていますね。
森實 産婦人科の領域は出産、女性医学、悪性腫瘍、更年期、思春期など多岐にわたっています。その中で周産期は24時間いつ何があるかわからず、自分の時間を確保するのが難しいのは確かです。でも私は大変さよりも、「お母さんになるためにがんばっている女性を応援する」という喜びのほうがずっと上回っています。
藤岡 子どもの様子が少しでもおかしいと、お母さんは心配で小児科に駆け付ける。お母さんにとっては当たり前の気持ちなのですが、そのことで小児医療の現場は疲弊しているというイメージがありました。今は重症と軽症の受け入れや夜間診療などを医療機関が役割分担する体制が整いうまく回るようになってきましたから、以前よりずいぶん改善されたと感じています。
―周産期母子医療センターは、妊婦さんや赤ちゃんと直接コミュニケーションをとる、縁の〝上〟の力持ちですね。
藤岡 病院内ではそうですね。子どもが好きでもお付き合いがあるのは初めの何日間だけで、退院してからはご縁がなくなるのがよいわけで…元気に育って病院や私たちのことはすっかり忘れてもらえるのが理想です。そういう意味では、お母さんと子どもさんの人生にとっての〝縁の下の力持ち〟かもしれませんね。