2013年
3月号
中右瑛「シェリト・リンドツデー」1979年 油彩・キャンバス

神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 神戸の芸術・文化人編 第38回

カテゴリ:, 文化人

剪画・文
とみさわかよの

美術家・国際浮世絵学会常任理事
中右 瑛さん

浮世絵のコレクターとして知られ、本誌の連載も担当している中右瑛さん。実は自らも創作活動をしておられるのをご存じでしょうか?現在、神戸ゆかりの美術館で展覧会が開催されています。その絵は鳥が翼を広げたようにも見え、天空のようにも大河のようにも見え…。そう、抽象画は「何が描かれているのか?」と思って見るものではないと、中右さんの絵は教えてくれます。「展覧会を見に来てくれた人に、“浮世絵みたいな絵を描いてるのかと思ってたら、全然違うんですね”と言われましたが、僕はずっと抽象画だけを描いています」とおっしゃる中右さんに、お話をうかがいました。

―まず、画家としてのキャリアを教えてください。
子供の頃から、絵を描くのは好きでした。でも絵で生活できないことはわかっていましたので、東京美術学校(現東京芸術大学)を受験し浪人しながらも、ジレンマを感じていました。いったんは諦めて家業を継いだのですが、やはり絵が描きたくて20歳代半ばから、アンデパンダン(無審査)展などに出品するようになります。展示する充実感はありましたが、やはり他人の批評が必要だと感じて、行動美術協会に所属しました。以来僕はずっと、行動美術です。
―団体展は、抽象画が主流の時代ですね。
そう、当時の画家は皆、団体の中では抽象画を描いたんです。でも絵で生きていこうと思ったら、イラストや挿絵などの具象画に戻らざるを得ない。僕は生活できていたから、描きたい抽象画だけを描くことができました。それは幸いなことでしたが、僕のマイナス面でもあります。
―ちょうどその頃は、阪神間では「具体」が盛んだったのでは。
僕は白髪一雄さんや元永定正さんより一世代後ですが、「一瞬の芸術」という点は同じかもしれません。一瞬の行動や閃(ひらめ)きによって、作品ができる。失敗することも多いですが、偶然の美は意図的なものよりいいものができます。でも偶然と言っても、書道と同じで滲みや濃淡を計算して制作しているんですよ。
―ひたすら抽象画だけを描いてきた、その理由は?
自分の心が出せるからです。「君はおとなしいが、絵は暴れている」と言われたことがありますが、その通り。あれが、僕の本性なんです。抑圧された人生のうっ憤晴らしとでもいうか、絵は言葉よりも言いたいことを言ってくれます。僕はまじめでおとなしい、優しいと思われるようですが、僕自身の本性はそうじゃない。本当の僕は、自己主張の激しい人間なんです。だから、絵は暴れてる。反抗してるわけですよ。僕にとって、押し殺したものが出てくるのが絵、心を全部出せるのが抽象画なんです。
―今回の展覧会のタイトルは「BLUE」ですが、青を主とした絵を描かれるのは?
ブルーは、とても情緒的な色です。薄いブルーに墨を流すと梅雨の空になる。濃い青の青空を黒で塗りつぶすと夏の空。ブルーはセンチメンタルな、日本の情趣が感じられる色です。僕にとってブルーは、中に入っていける色。広重ブルーやな、と言う人もいますけど、僕は中右ブルーと呼んでいます。
―「BLUE」は、浮世絵の青とも違うと。
なぜヨーロッパで広重の絵が驚かれたかといえば、空や水が青かったからなんです。むこうの風景画は曇り空が多いし、宗教画の空は金色ですからね。でも具象画の青は、情緒的なブルーとは違う。僕は情緒的な青、「BLUE」による表現は、抽象画でしかできないと思いますね。中右ブルーは、しがない男の嘆きのブルースでもあります。
―ところで、浮世絵の収集を始められたのは何故ですか?
僕が浮世絵を集め出したのは、まさに惚れたからでした。最初に買ったのは歌川広重の「東海道五十三次・三島」です。33歳の時、京都で現物を見て買いました。以来病みつきになって、今は三千点を所蔵しています。40年以上、これはこれで楽しくやっていますよ。
―今や浮世絵の「中右コレクション」は人気ナンバー1です。浮世絵研究家として有名になってしまわれた感がありますが、画家としてのご自身が思うところは?
近年、浮世絵を展示したいから貸して欲しいという依頼が多くなりましてね。自分のコレクションが各地の美術館に展示されるのは嬉しいし、それを見に行くのが楽しくて仕方ありません。趣味で集めてきた浮世絵が、今は糧になっています。おかげで今も売ることを考えずに、好きなように自分の絵が描けて幸せですよ。今、欲しいもの?時間ですね。実は焦っています。
(2013年1月10日取材)

中右瑛「シェリト・リンドツデー」1979年 油彩・キャンバス

とみさわ かよの

神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。

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