2014年
9月号
石上玄一郎の著書と署名

触媒のうた 43

カテゴリ:文化・芸術・音楽

―宮崎修二朗翁の話をもとに―

出石アカル
題字・六車明峰

 長嶋茂雄がプロ野球界に颯爽とデビューした当時の人気文芸評論家、十返肇が「文壇の長嶋茂雄」と評価した石上玄一郎(いしがみ・げんいちろう)。
 その石上について宮崎翁は、
 「視野と見聞が広く、教養が深いお人でした。ユニークな宗教学者でもありましたし、お話していて面白く飽きなかったですね。背は高くなかったですが、闘志満々っていう感じのお人でした。但馬方面に講演旅行をご一緒にしたこともあります。家族ぐるみのおつき合いでした。うちの娘がお二人の娘さんに遊んでもらったりね。たしか照日(てるひ)さん春日(はるひ)さんという、かわいいお名前のお嬢さんでした」
 石上玄一郎―1910年~2009年。本名、上田重彦。『精神病教室』『彷徨えるユダヤ人』などの作品を持つ作家。旧制弘前高校(現弘前大学)在学中に太宰治と左翼運動を共にする。後、終戦まで上海に逃亡。戦後は、宗教研究者としての顔も持ち、重厚な作風を確立。盛岡藩家老の子孫。父親は有島武郎の親友で、有島のいくつかの作品にも登場する。
 その石上が、事情があって神戸にやってきたのが、1956年。大阪の成蹊女子短期大学に教授として招かれ、住まいを神戸魚崎に定める。その情報を得て、会いに行かれた宮崎翁。ところが聞かされた話が、
 「『君、えらい新聞社で働いてるんだねえ、一体なにやってんだ?』と。なんのことかと思ったら、越して来られた時に、一応ご挨拶にと神戸新聞社を表敬訪問されたというんです。ところがその時にね、石上(いそのかみ)さんの名刺を見た学芸部長が『ご職業は?』と訊いたというんです。当時、文壇では高名だった人の名刺を見て『ご職業は?』と学芸部長が訊いたと。そりゃ、どんな新聞社なんだろうと思いますよね。自分が勤めていた会社の悪口は言いたくないけど、そんな程度でした」
 ここのところ、翁は少しためらいながらのお話。けど、「もう昔の話だからいいでしょう」と。
 ここでちょっと注釈。
 石上は、一般に「いそのかみ」と呼ばれていたが、ご本人は「いしがみ」と自称なさっていたという。
 宮崎翁、東京に一緒に行かれた時のことだが、
 「昭和通りにある小鼓(こつづみ)というお店でした。丹波のお酒ですね。東京で小鼓を飲める店は二軒しかなかったのですが、そのうちの一軒でした。そこで飲んでたらね、次々と一流出版社の編集者が集まって来たんですよ。誰かが、石上さんが来てると連絡したんでしょうね。ぼく、改めて石上さんの人気のほどを認識させられました」
 そんな人を神戸新聞の学芸部長が知らなかった!
 その石上だが、略歴にあるように、学生時代、あの太宰治と一緒に左翼活動をしている。それに関する翁の話。
 「飲んで笑いながらのお話でしたが、『あいつがペラペラしゃべっちまうもんだから、みんな苦労させられたんだ』と。石上さんが左翼運動をしていて特高に捕まった時の話です」
 わたし、石上さんの著書、『太宰治と私』を読んでみました。たしかに太宰と左翼運動をしておられる。そしてご自身は特高に厳しい拷問を受けておられる。しかし、やはり太宰は資産家の御曹司、闘士というのではなかった様子。
 こんな個所がある。同じ左翼運動をしていた仲間との太宰についての会話である。
 《「あいつ、おかしな奴だな、こないだ久し振りで会ったというのに、ろくに挨拶もしないんだよ」
 私がそう言うと、伊藤はそんなことはとうに知っているとでもいうような薄笑いを浮べた。
(略)
「はっきりしたことは分からないがね、青森あたりからの情報だが、奴はどうも青森署に自首して出たらしいという話があるんだ」
「まさか!」私は言下に否定した。
 この運動に首をつっ込むにはみなそれぞれ相当の信念と覚悟とをもって入ったはずである。つかまって拷問をうけ、それに抗し切れず自白することはあったにしても、みずから進んで「申し上げます、申し上げます、私めはこんな悪いことをいたしました、悪うございました」などと「駆け込み訴え」をするなんてことは考えも及ばなかったのである。》
 こうは書かれているが、この本には、ハッキリと彼が仲間を裏切ったようなことは書かれていない。でも宮崎翁には、「あいつはだらしない奴だから、仲間の名前を次々にゲロしちまいやがって」と話したと。
 宮崎翁、石上についてもう一つエピソードをお話し下さった。ちょっとゴシップネタですが、しかしこれも人間の一面。
 前にもこの連載37回「白川渥さん」にチラッと名前の出た、警官上がりの作家、春木一夫の話。
 「彼が石上さんに訊いたらしい。『上海で一緒にいたユダヤ人の女が、終戦後あなたを追っかけてきたらしいですね』なんてね。すると石上さん烈火のごとくお怒りになられたと。そんなことを当人に聞く方も聞く方だが、春木にすれば、森鴎外の『舞姫』を連想したのかもしれません」
 石上には『彷徨えるユダヤ人』という著書があるが、もちろんそんな事件のことは書かれてはいない。


石上玄一郎の著書と署名

■出石アカル(いずし・あかる)

一九四三年兵庫県生まれ。「風媒花」「火曜日」同人。兵庫県現代詩協会会員。詩集「コーヒーカップの耳」(編集工房ノア刊)にて、二〇〇二年度第三十一回ブルーメール賞文学部門受賞。

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