2019年
7月号
7月号
兵庫県のANDO建築探訪 ⑦
小篠邸 兵庫県芦屋市 1981年完成(増築は1984年完成)
1969年に設計事務所を始め、最初の数年間は、まず仕事が得られない、かろうじて見つかっても敷地も狭く、予算も乏しい…といった状況で「この逆境をいかに乗り越えていくか」が全てでした。そのギリギリのところで極小のコンクリート住宅《住吉の長屋》を完成させ、これを原点として、「単純な箱型建築の中にいかに変化に富んだ、豊かな空間をつくれるか」を自身の建築のテーマとして奔りだしました。しかし、無我夢中の日々を繰り返す内に仕事の規模、質も変わり、十年目頃には「“箱”だけでは前に進めない」と思うようになりました。《小篠邸》の設計依頼を受けたのは、そうして次なる道を探し始めていたときでした。
敷地は芦屋の奥池の緑深い斜面地、クライアントは、ファッション・デザイナーのコシノ・ヒロコさんで、基本的な住まい条件以外は「自由に考えてくれ」といわれました。自分なりの建築の理想を追求する絶好の機会をもらった私は、建築と庭をどう関係付けるか、西洋的な壁の建築と日本的な自然に拠る感性の重ね合わせは可能か、“光”を追い求めるだけで建築は出来るか――など、自身の心の内にあった建築のテーマを徹底的に考え抜いた末、木々の間に埋もれる“コンクリートの光”の住宅をつくりました。
個性的な分、一般的な感覚からすると“不便”もあり、特に子どもには “厳しい”住まいだったと思います。しかし、コシノさんは「そのストイックさが、人間の感性を刺激するのだ」と全てを受け入れ、お子さん達が巣立つまで、ずっと変わらぬ姿で住みこなしてくれました。2006年には大幅に改築、現在はご自身のギャラリーとして活用されています。思い切った建築が生まれる、その原動力の半分は、やはりクライアントの力だとつくづく思います。