9月号
湯けむり便り 連載第4回
金井 啓修
有馬の源泉を科学する
唐突だが、こんな質問を有馬の温泉を熟知されているNPO京都自然史研究所理事長の西村進先生にした。
六甲のおいしい水は、六甲山の花崗岩の中にあるラジウムやラドンで殺菌されている。それは赤道を越えても腐らないという「神戸ウォーター」として有名だ。
その六甲裏に位置する有馬の湯にはラジウム・ラドンが多く含まれているので、噴出したての泉源付近で発生する放射線で生レバーが殺菌出来るのではないか?と考えたのだ。
しかし「ラジウム・ラドンはアルファー線。紙一枚で遮られてしまう。」と先生は言われる。
「では肉の塊の表面は殺菌できるのですか?」というと「可能だ」という返事が返ってきた。
有馬の温泉の特殊性を説明するのに、「有馬では安心して生レバーが食べれる。」と言いたかったが、では「有馬では温泉を利用して肉をトリミングをしないでユッケが提供できる。」という言い方に変える事ができる訳だ。
先生は「確かにラジウム・ラドンでは殺菌は出来ないが、孫がいる。」と、また解らない事を言われる。「孫ですか?」「そう、ビスマスがおる。」
普通我々がお医者さんでレントゲンを受けるのはコバルト60といってガンマ線。透過能力を持つ。これは人間が作り出した人工放射性核種だが、これがないと我々は困る。西村先生は、放射線のすべてが悪いわけではなく、ある程度の量は有益だが、過剰になれば害になるという事を言いたいようだ。
地球が出来た時から我々の身の回りにあるウランやラドンは、天然放射性核種と呼ばれており、その子孫核種にビスマスがあり、有馬の温泉にも含まれているという。これはコバルト60のようにガンマ線を出すので、生レバーの内部のO-157の殺菌にも使える。
政府は安全が確認されれば生レバーを販売しても良いと言う。それなら有馬の温泉で殺菌するということで「有馬温泉で生レバー特区申請」となると有馬の温泉の特徴をPRする一つのきっかけになるのではないかと考えた。
実際、どこに置いて、どれぐらいの時間で殺菌できるのかは実験をするしかない。
現在、放射線の殺菌は日本ではジャガイモだけに使用しているが、アメリカなどはハンバーガーのパテに放射線殺菌を行っている。
長くなったが上記のような経緯を踏まえ有馬温泉の特殊性をアピールする糸口を見つけた!と思っていたら、日本でも生レバーをコバルト60で殺菌する方法が研究され始めたという。考える事は誰でも同じなのかもしれない。
こんな風に有馬温泉の特色を表す方法を考えあぐねている私に先生がレア・アースが含まれている可能性がると教えて下さった。それならば「有馬の温泉○○トンでプリウスが作れます!」と言えるかもしれない。それで先生に会うたびに「分析はまだですか?」と聞いている。
それも聞いて驚いたのだが、有馬の温泉でレア・メタルの一つ、リチウムを取り出す研究を第二次世界大戦中にしていたと言う。その頃から、はるかに発達した現在だから簡単に成分分析ができるのではないかと思っていたが、先生は「今は昔のように職人の勘で分析ができないからレア・メタルを見つけ出すのは難しい。」というのだ。
どこの業界でも職人の技が消えてしまった現実がある。しかし科学的な分野でさえも微妙な成分分析は職人でしか出来ないというのは驚きだった。
最後にもう一つ、有馬の温泉が世界中探しても無い程不思議な温泉かという事を語ろう。有馬温泉を見れば60.000m下の地球の中が見えるというのだ。先日中国が世界初深海7.000mを見ることができると記録した。人類は現時点で柔らかい地面をボーリングして3.000mぐらいしか掘る事ができない。
先生は有馬の温泉は地下60㎞から湧いてくるので湯を見れば地球の中が見えるというのだ。
このように有馬温泉は世界的に稀有な温泉で、尚且つ薬効効果に優れているとも言われている。「有馬にはリュウマチの人はいないだろう?」と先生は言われる。これも有馬温泉の効能の一つだろう。「お医者様でも有馬の湯でも惚れた病は・・・」という故事があるが、昔の人は有馬温泉にこんな不思議な力がある事をいわゆる鋭い勘で知っていたのだろう。
金井 啓修(かない ひろのぶ)
有馬温泉で800年以上つづく老舗旅館「御所坊」の15代目。77年、有馬温泉観光協会青年部を結成して活性化に取り組む。81年、26歳の若さで「御所坊」を継ぎ、個性的な宿づくりで脚光をあびる。2008年、「有馬山叢御所別墅(ありまさんそうごしょべっしょ)」をオープン。世界的なからくり人形のコレクションが集う「有馬玩具博物館」は、約4000点もの所蔵を誇る。国土交通省の観光カリスマや内閣官房の「地域活性化伝道師」などに任命されている。