4月号
神戸のカクシボタン 第六十四回 魚春到来、いかなごの故郷を訪ねて
写真/文 岡 力
春が訪れ、幼少期に祖父母と過ごした第二の故郷「垂水」へ出向いた。改札を出ると巨大なオブジェがお出迎え。駅北側再開発に伴いビルの風除対策として設置された「─PLAZA FISH─」は、海沿いの街をイメージして制作された。ちなみに地元では「いかなごのモニュメント」の名称で呼び親しまれている。いわずと知れた郷土料理「いかなごの釘煮」を巡っては、名称や発祥について様々な諸説がある。戦前、神戸市兵庫宮川町で「西魚善」という料亭を営み宝光寺住職になった魚谷常吉は著書の中で「玉筋魚釘煎り」として紹介。「もし入用ならば、兵庫の駒ヶ林の漁業組合か、明石の垂水魚市場へ頼めば送ってくれるはずである」と書かれてありその歴史は古い。
子供の頃、祖父母宅はちょっとした佃煮店と化した。早朝から親戚が集合し調味料、南天の葉、パック等が運び込まれる。昼前には駅前商店街で予約しておいた大量の「いかなご」が到着。事前に用意しておいた大鍋へ投入し炊いていく。私の仕事は炊き上がりをうちわで扇ぐだけ。暇を持て余し少量を釜揚げしながら完成を待った。現在は、冷凍や空輸の技術も向上し儀式化しなくても一年中、美味しく食べる事ができる。お気に入りの食べ方は、バタートーストへのトッピングである。一度、お試しあれ。帰り際、海沿いにある鎮守「海神社」へ行った。余談だが私は昔から「かいじんじゃ」と呼んでいる。明石海峡を望む鳥居の下には「海の幸供養塔」があった。無意識にそっと手を合わせ郷土の恵みに感謝した。
■出典 『滋味風土記』魚谷常吉【著】東京書房社
■岡力(おか りき)コラムニスト・放送作家
ふるさとが神戸市垂水区。関西の大衆文化をテーマとした執筆・テレビ、ラジオ番組を企画。連載・レギュラー「のぞき見雑記帳」(大阪日日新聞)「大人の社会見学」(大阪スポーツ)「Oh!二度漬けラジオ」(YES-fm)