5月号
神戸鉄人伝(こうべくろがねびとでん) 神戸の芸術・文化人編 第40回
剪画・文
とみさわかよの
声楽家
松本 幸三さん
「人生経験を積んで豊かな表現ができるようになる頃には、若い頃のようには声が出ない」という声楽家の宿命は、よく言われるところ。神戸在住のテノール、松本幸三さんは古稀を過ぎても歌い続けておられます。そのレパートリーは広く、オペラ・アリアからカンツォーネ、ジャズ、歌謡曲にまで至ります。同じ歌詞・同じ旋律でも松本さんが歌うと格段に胸に染みるのは、人生の年輪を重ねた方の歌唱だからでしょうか。今なお聴衆を圧倒し、魅了する松本さんにお話しをうかがいました。
―音楽の道に進まれたのは何故ですか?
音楽との出会いは、親父が買ってくれたヴァイオリン。だから音楽は身近で、歌うのも好きだった。中学3年の時には文化祭で「帰れソレントへ」を原語で歌ったり、国体ではブラスバンドでトランペット吹いたり…あの時は県警で1か月特訓したよ。でも僕がなりたかったのはね、実は「絵描き」。僕の兄貴は絵描きなんで、兄貴にデッサンを見てもらったんだけど、「お前に絵の才能は無い、やめろ」と言われてねえ。そんな頃、加古川東高校の土井政子先生に「ぜひ声楽をやりなさい!」と勧められて、その気になって高校1年からピアノを始めました。
―スタートが遅かった分、ご苦労があったのでは?
高校になってから先生に付いて…といったら、レッスンもその費用も大変だったと思うけど、幸い土井先生が指導してくれました。だから毎朝6時に学校へ行って、学校のピアノで練習した。美人の市来崎のり子先生に習いたくて大阪教育大学へ進み、卒業後にイタリアのミラノヴェルディ・音楽院に留学しました。今は私費で行く人が多いけど、僕はロータリー財団の海外奨学生として行って、足掛け3年勉強させてもらった。帰国後すぐ、小澤征爾指揮のオペラ「トスカ」があって、オーディションを受けました。僕からはイタリアの匂いがプンプンしてたと思うよ、見事カヴァラドッシ(男性の主役)でデビュー。それからはもう、オペラ、オペラでした。日本じゃ主役になっても券売りしなきゃならないから、サラリーは券代に消えたけどね。
―ヨーロッパでは歌い手に給与が出るのに、日本では歌い手がチケット代という形で公演経費を負担しています。どうしてそうなるのでしょう?
ヨーロッパだとオペラ専門の劇場があって、公演もロングランなので、コーラス歌手でも食べていける。でも日本はクラシックファンが少ないから、オペラ公演もせいぜい1日か2日。舞台セットを作っては壊しで無駄な費用も掛かるし、衣装代やオーケストラの費用も割高くなって、結局それが出演者の負担になってしまっている。実際一公演に出たら百万円くらい券を売らないといけないので、歌で食べていくことはできないのが現実。それでも、日本も変わってきたとは思う。クラシック音楽は、どうしてもかしこまって聴くものになってしまっているよね。我々演奏家は、もっとクラシック音楽をわかってもらう努力をしないといけない。
―ところで、先程お話に出たお兄様というのは、元・行動美術の松本宏さんですね。
7歳違いの兄貴は「俺は静で、お前は動や。お前は目立ちたがり屋やから、コツコツ絵を描くのには向いとらん」と言いながらも、絵描き仲間の集まる店によく連れてってくれました。僕は「歌え!」言われたら歌うし、ノリがいいからね、貝原六一先生が「兄貴はオモロないがお前はオモロい」と言ってくれたっけ。兄貴のおかげでハチャメチャな絵描きたちともつきあいができたし、今も他のジャンルの芸術家と交流がある。ほんと兄貴には、感謝してるんですよ。
―ご自身は、歌をやってきてよかったですか?
まあ、よかった思いますわ。僕の妻もピアニストだし、息子も娘も声楽の道に進んだ。今は孫に仕込んでるところ。音楽は、自分がやってきてよかったと思うからだね。僕はコンサートで、カンツォーネや歌謡曲も歌う。それは音楽を、じっと静かに聴くものにしてしまいたくないからなんだ。音楽は、楽しくなくちゃ!どんな曲も、心で歌えばいい曲になるんだから。
―夢かなえたというより、まだまだ夢がありそうですね。今後はどんな活動を?
これからも、クラシック音楽を身近な音楽として広めたい。僕の理想の会場はサロン。音楽ホールで、燕尾服着て「さあ、聴け!」と演奏するより、もっとお客さんとの距離の無いところで、楽しく歌いたい。神戸にそんな場が、もっと欲しいなあ。昔は飲みながら演奏できる手頃な店もあったし、パーティーや文化人の集まる機会も多かったのにね。神戸っ子さん、頑張ってお膳立てしてよ、歌って盛り上げるからさ。
(2013年2月26日取材)
松本幸三さんも出演!
「カンツォーネ・ダ神戸 Vol.15」
8月3日(土)17時30分開演
神戸新聞松方ホール
当日は「第43回みなとこうべ花火大会」が開催され、ちょうどコンサートが終わる頃に、花火が始まります。
とみさわ かよの
神戸市出身・在住。剪画作家。石田良介日本剪画協会会長に師事。
神戸のまちとそこに生きる人々を剪画(切り絵)で描き続けている。
日本剪画協会会員・認定講師。神戸芸術文化会議会員。