9月号
発展しつづける神戸生まれの食文化
伊藤ハム株式会社
代表取締役社長 堀尾 守さん
創業者・伊藤傳三氏が神戸の工場で苦労を重ねて開発したハム・ソーセージの製造技術を礎にして発展してきた伊藤ハム。受け継がれ、そして次へ伝える「味と精神」についてお聞きした。
神戸で誕生して80年、ポールウインナー
―創業者は業界の先駆者といえますね。
堀尾 そうですね。畜肉が日本の将来にとって重要なものになると着目した感性は素晴らしいものです。そして裸一貫から創業されたのですからすごいですね。当時、高価なものをいかに安く供給するかについていろいろ細かい工夫をしています。セロハンウインナー(現ポールウインナー)やプレスハムなど個々の商品や技術もさることながら、さらに素晴らしいと思うことは、当社の主幹工場の多くが1960年代から70年代のほぼ10年間であっという間につくられ、そのほとんどが今も稼働していることです。世の中の大きな流れを的確に捉え、果敢に行動する。この先見性と勇気には脱帽です。もう一つは、自社のことだけではなく日本の食肉加工業界の底上げをしようと行動したことです。伊藤ハム食肉技術学校を創設し、同業者にも技術を教えるのですから、大変な度量です。今でも量販店などで「伊藤ハム食肉技術学校出身です」という声を聞くにつけ、この精神を継承しなければならないという大きな責任を感じています。
―ポールウインナーは今年80周年だそうですね!
堀尾 私も大阪出身ですので思い出があります。子どもの頃、肉は高価なものでなかなか食べられず、せいぜい魚肉ソーセージ。ちょっと贅沢したと思えるポールウインナーは、忘れられない独特な味です。関西の人なら、こんな思いを持っておられる方が多いのではないでしょうか。
〝神戸ブランド〟の一員として
―食にこだわる関西を実感することはありますか。
堀尾 関西の食文化の特徴は、どこの店で何を食べても、それほど高いわけでもないのに、そこそこ美味しくてハズレがない(笑)。庶民が味への鋭い感覚を持つ関西では、美味しくない飲食店は生き残れないのでしょうね。
―関西でも特に味に厳しい神戸と伊藤ハムの関わりは深いですね。
堀尾 創業以来ご縁のある当社は、「神戸の皆さまに貢献したい」という思いからさまざまな分野で連携事業に取り組んできましたが、昨年10月、神戸市と包括連携協定を締結しました。これまで続けてきた「こうべ森の学校」で六甲山の自然環境保全活動は今後も継続していきます。北野工房のまちの「伊藤ハム神戸Ham&Deli」出店のほか、神戸市主催のイベントへの協力などを通して地域活性化にも貢献しています。また「KOBEスペシャルPRパートナー」に認定された高級ハム・ソーセージの「神戸シリーズ」を拡販して神戸の魅力を発信していきます。そのほかにも「食育」「防災」などの幅広い分野で今後さらに協力を進めていく予定です。
―直営のレストランなどはもたないのですか。
堀尾 今はありません。関西に限らず以前はもっていたこともありますが、手前味噌ながら、味と品質、原料にこだわる伊藤ハムですから、どれだけ流行っても採算が取れないんです。
―では、お客様との接点はどういう所でもっているのですか。
堀尾 当社グループの伊藤ハムフードソリューションが、全国百貨店のいわゆる〝デパ地下〟で約140の直営店を展開しています。ハム・ソーセージをはじめ食肉・食肉加工品、一部では惣菜なども販売し、お客さまの声を直接聞き、商品づくりに生かしています。また新たにSNS展開のオンラインショッピングサイト「ハム係長のSELECT KITCHEN」を開設しました。〝ハム係長〟と会話しながら買い物を楽しみ、さらにお客さまが新商品の開発にも参加できる、従来なかったショッピングサイトです。
日々、新しい視点を持って考えよう!
―ご自身の座右の銘は「日々是新」だとか…、新しいものがお好きなんですか。
堀尾 そういうわけでもないんですが…、ものの見方・考え方・気持ちですね。誰でも日々、同じことばかり考え、特に悪いことがあったりするといつまでも引きずりがちです。問題を放っておくと惰性で日々が過ぎ、小さな人生で終わってしまいます。ところがちょっと視点を変えれば気持ちも新たになり、新しいものを修得でき、そこから新しいものが生まれてきます。
―海外経験や他の業界での経験で培ったものとは。影響を受けた出会いもあったのですか。
堀尾 誰にでも言えることですが、会社生活では最初が肝心。当初6カ月間で、その会社の特徴を掴み、変えるべきところはどこかを考え、感性を働かすことが大切です。それ以上たつと、人間には順応性がありますから慣れて流されてしまいますからね。そういう意味で、初めての上司の存在は大きなものでしょうね。私は特に誰かに影響を受けたということはないですが、どんな所にも必ず立派な人がいるということには確信を持っています。それは必ずしも地位の高い人、知名度の高い人ではなく、その場その場で一生懸命にやっている素晴らしい人たちです。私の海外生活も、そういった人たちに多くを助けられました。
神戸・日本・アジアで認められる〝美味しさと信頼〟のブランドに
―今後の伊藤ハムについて。アジアで最も信頼される食肉メーカーを目指すと言ってらっしゃいますが。
堀尾 日本のハム・ソーセージは、本場ヨーロッパのものとはちょっと違います。伊藤ハム創業者が工夫して作った影響もあるのでしょう。そしてアジアではこの日本のハム・ソーセージが好まれます。はっきりした理由は分かりませんが、米文化に合うのかもしれませんね。今後、タイや中国をはじめアジア諸国での販売網を、安全・安心で信頼される日本企業という基本を忘れずに少しずつ広げていきたいと考えています。
―伊藤ハムは神戸っ子にとっても信頼できるブランドですからね。
堀尾 ありがとうございます。私が言うと身びいきになるかもしれませんが、ピザなどは食べ比べてみると一目瞭然。本当に伊藤ハムの製品は美味しいですよ、原材料を厳選していますからね。そのぶん、コストもかかっていますが…(笑)。
―地元・西宮工場は私たちも見学できるのですか。
堀尾 HACCPによる衛生管理の関係で工場内に入っていただくわけにはいきませんので、ガラス越しでの製造工程見学やDVDでの紹介、時には手作りウインナー教室なども行っています。お土産にお持ち帰りいただきたいところですが、生ものですので温度管理の問題があり、食育に関する読本などをお渡ししています。
―今後の伊藤ハムについて。
堀尾 5年間の中期経営計画が4年目を迎えました。最終年度に向けて目標達成を目指すことが大前提です。当面は1998年に発売以来広く親しまれてきた「アルトバイエルン」をベースに、磨きをかけ今年新発売した「The GRANDアルトバイエルン」に力を入れていきます。その他、既存の商品についてもさらに裾野を広げるべくPRしていきます。
―ご自身の新たなチャレンジの予定は。
堀尾 いろいろありますよ(笑)。でも、これは仕事を辞めてからでもできること。今は仕事に全力で取り組んでいこうと思っています。
―堀尾社長のもと、伊藤ハムのさらなる発展に期待しています。
堀尾 守(ほりお まもる)
伊藤ハム株式会社 代表取締役社長
1948年、大阪生まれ。1971年三菱商事に入社し、執行役員食糧本部長などを歴任。2005年、日本農産工業株式会社社長就任。2009年、伊藤ハム株式会社副社長を経て、2010年より代表取締役社長