2月号
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連載エッセイ/喫茶店の書斎から 105 市長さんの話
フェイスブックというSNSを始めてから十数年になる。
ある時そこに、わたしの町の昔話を載せ、「こんな話なら一時間でも話せます」と書いた。
もうだれもが知らない、この地域の珍しい話。
するとその記事を見た近くのお寺の若いご住職から「うちの本堂で講演してもらえませんか」という提案をいただいた。
浄土真宗本願寺派の「信行寺」という630年の歴史を持つお寺である。
わたしにとって願ってもない話。
ということで準備を整えて、このほど実現した。
タイトルは「用海おもしろ歴史ばなし」。
ご住職も檀家さんに声掛けをして下さり、フライヤーも準備して下さって町内会で回覧も回していただいた。その内容。
《根っからの用海っ子、今村欣史さんが語る、地元用海のおもしろ昔ばなし。今村さんが実際に見聞きした秘話を語って頂きます。どのような「ここだけの話」が飛び出すでしょうか。例えば、「大クジラの墓があった」とか、「六人組のタヌキが住んでいた」とか、あるいはここには書けない話。》といったもの。
さてどれだけの人が聞きにきてくださるか、予約不要ということだったので、見当がつかなかった。でも範囲が狭いので多くてもこれぐらいだろうと、席は三十人分を準備していただいた。
立派な本堂である。ご本尊は調査した学者によると宇治平等院の仏師、“定朝”の工房の作であろうとのこと。
その前でおしゃべりさせて頂けるありがたさ。
さて当日。
続々と地域の人々が集まってきてくださる。ご住職、あわてて椅子を追加して席を確保してくださり、広い堂内が満員になった。
途中で十分間の休憩を挟んで一時間半の予定。
ご住職が司会を務めて下さり、開始。
適度に笑いを交えながら進めたが、皆さん、頷いたり驚いたりしながら熱心に聞いて下さった。
わたしが物心ついた戦後すぐのころからの体験談。さらに17歳から携わった家業の米屋で地域をくまなく走り回っていたことで得た情報。また配達先の古老から聞いた珍しい昔ばなし。それを、エピソードを絡めて披露すると、みなさん興味津々になって下さったのだ。
その中でひときわ受けたのが戦後間もない頃の西宮市長さんの話。わたしが小学校四年生、昭和28年のことである。
ある時、市長さんが学校にやってきて、わたしたちに話された。まだ講堂も建っておらず運動場に座って聞かされた話。それは、
「みなさん、お家に帰ってお父さんやお母さんに言って下さい。税金を払って下さいと言ってください」というもの。
今なら考えられないが、戦後復興のための財源がよほど切迫していたのだろう。市内の小学校を巡回して話されたのだ。
その時のことを、同じ西宮の瓦木小学校四年生の児童が作文にしており、『きりんの本・子どもの詩・子どもの作文』(理論社)という本に九人の作文が載っている。その一部を朗読した。
《(略)みんなげらげらわらいました。私もおかしいのでわらいました。
「ぜい金をおさめてくれへんたらこうどうもたててやらへん。ガラスもいれてあげへん――というようないじわるいことは、かわいいみなさんにいわへんけど……」というようなはなしかただったので、おかしくてしようがありませんでした。
「このあたまのはげた市長さんが、こんなにあたまをさげてんねんさかいに、市民ぜいをおさめるよう一つたのんでください。おとうさんやおかあさんは、なんぼいうてもおさめてくれませんので、もう市長さんはあいてにしません。けんど、かわいいみなさんは、きっとわたしのいうことをきいてくれるやろさかい、きょうはたのみにきました。かえったらよういうといて」といってかえりました。
(成川弘美)》
こんなのもある。
《市長さん、お元気ですか。ぼくはぜい金をおさめているとおもっていたのに、おかあさんは「してない」というので、すみません。お金がないのでこまっています。市ちょうさん、すみません。(田淵弘志)》
切ない話だ。子どもにこんな思いをさせるなんて、と今なら大問題。
この子どもたちの作文は、わたしの体験でもある。そんな時代があったのだ。
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(実寸タテ17.5㎝ × ヨコ11㎝)
六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会員。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
今村欣史(いまむら・きんじ)
一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)、随筆集『湯気の向こうから』(私家版)ほか。