2月号
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映画をかんがえる | vol.47 | 井筒 和幸
最近、よく思うことだが、映画館に足を運びたくなるような映画が、少なくなった。去年、映画館で観たのは『オッペンハイマー』と『シビルウォー アメリカ最後の日』だけだ。前者は原爆を発明した科学者の伝記モノだが、科学者は日本に原爆を落としたことに反省しているようには見えなかったし、何とも憂うつだった。後者はアメリカ国民が大統領の独裁に従う派と抗う派で戦争する話だが、少しもカタルシスは感じなかった。「アメリカ最後の日」という付け足しの邦題も余計だった。邦画は他愛ない内容を思わせる題名ばかりで観る気がしなかった。大人たちが銀幕の中の世界にはまりこんで愉しむ、そんな映画らしい映画はなくなっている。クーポン券のようなネットドラマが氾濫する傍らで、劇場映画の時代は終わりかけているようにも思う。テレビやパソコン画面でスジを追うだけでは映画の魅力は伝わるはずがない。荒野を彷徨う主人公の孤独に感情移入して笑ったり泣いたりすることもないだろうし。
映画館に観客がわれ先に駆け込んだ邦画全盛期、60年代前期に監督デビューした若きホープたちの話に戻りたい。彼らがどんな助監督時代を送り、映画と向き合っていたのか。ボクはその一人の篠田正浩監督に番組進行役を頼んで、同時代の作家たちを訪ねた。真っ先に取材したのは鬼のイマヘイこと今村昌平だ。「戦後の闇市をうろついていた学生時代に黒澤明の『酔いどれ天使』(48年)を観てね。新人の三船敏郎のヤクザはバタ臭い感じがしたけど、ドキュメンタリーみたいな迫力でね。映画監督はいい仕事だなと思ったんだ」といきなり語ってくれた。後年に撮る『にっぽん昆虫記』(63年)は東北の農村から上京した女が身体を売って生きる話だ。成人映画だが、高校生のボクは歳をごまかして京都の名画座で観た。売春婦役の左幸子には圧倒されっぱなし。人間が昆虫に見える傑作だ。併映も今村の『赤い殺意』(64年)だった。妖艶な主婦(春川ますみ)と強盗犯(露口茂)の愛憎絡まる逃亡劇は今も目に浮かんでくる。
大島渚を訪ねた時は、くだらないことを訊くと怒鳴られるかも知れないとNHKのスタッフは緊張していたが、「ボクは就職が決まらなくて…、京大で学生運動をしていたのは理由じゃないんだけど、新聞社も有名企業も全部落ちてね。それで松竹なら映画の一本でも撮れるかと思って……」と笑顔で話してくれた。「人間はなんで就職なんかして自分の時間や身体を切り売りしなきゃならないんだと思っていて…」と。ボクの好きな大島作品は、初々しい桑野みゆきが自由奔放で破滅的な女を演じた『青春残酷物語』(60年)だ。
深作欣二も日大芸術学部を出た頃の気分を話してくれた。「戦後すぐのアメリカ映画はやっぱり占領軍のものだし、こん畜生と思うと素直に面白がれないんだな。それでオレにはもう才能がないのかなと思って映画界に就職するのを諦めていたら…東映に入れて」と。深作の力作に『狼と豚と人間』(64年)がある。高度経済成長期の底辺でもがく無法者たちをみごとに捉えた犯罪映画だ。
93年の夏から始めた取材は年末まで続き、前後篇3時間半のBS番組「予告篇はぼくらの夢の記憶」は94年の2月にオンエアされた。20数名の先輩たちの証言はボクの映画作りの新しい血と肉になった。映画会社が望むものより、自分が観たいものを作るんだと若き日の篠田や今村や大島や深作は教えてくれた。
数か月後、松竹のプロデューサーから電話が入り、「今度、崔洋一組で高村薫原作の『マークスの山』(95年)をやるんですが、崔さんの指名で、冒頭の場面で死体で発見されるチンピラ役で出演願えないですか?」と言われた。「崔さんが…、いいなぁ、映画が撮れて。大丈夫よ。道で転がってるだけやろ」と言うと、「いや、生きてる時の場面も少しあります」と。しばらく撮影現場から遠ざかっていた時で誰の現場だろうが恋しかった。崔さんはボクの『ガキ帝国』(81年)で朝鮮語の台詞の字幕監修をしてくれた友人だ。これも渡世の義理、死体役で出ることにした。仲間とピンク映画を作り始めた頃の気分に戻っていた。映画に人生を賭けてきたんだ。一から生き直そう。電話を切った時、そう思ったのを憶えている。
井筒 和幸
1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm映画『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ!』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。