2024年
2月号
『懐かしい霊魂の会合』1998年

神戸で始まって 神戸で終る ㊹

カテゴリ:文化人, 現代美術

『神戸っ子』編集部の田中奈都子さんから篠山紀信さんとの交遊と仕事のコラボについて何か書けないか、とオファーがあったのですが、篠山さんについては何本かの追悼文や取材を受けて、もう書くことがなくなったので、何か別のテーマをと、お願いしたところ、先月号で「近い将来、それほど遠くない時期に、この知性は崩壊するでしょう」と語った僕の話の続きを書いてもらえないかと要求されてしまった。
えらいことになった。ふと口をついて出た言葉であって、その根拠はあるようでないのである。が、なんとなく現在の社会の方向性を見ていると、非常に理屈っぽくなっているように思う。それは、現代美術に於いても同じで、観念優先のコンセプチュアルアートに特にその傾向を強く感じる。観念と言語によって構成された芸術は、如何にも知的で今日的で、作家自らが自作を言葉で徹底的に説明する。従って鑑賞者は作品に感性で触れることを自ら否定して作家の言葉に従う。そして、その観念を理解する。非常に頭脳的で知的な交流が両者の間で成立する。このような傾向によって、現代美術は理解されようとしている。
ところで、理解することが本当に美術の目的であろうか。美術は理解するものではなく、感応するものではないのか。感性は頭の機能ではなく、むしろ肉体的な体験である。
例えば人間の五感について考えてみたい。五感とは、目、耳、鼻、口、手(触感)の器官をいう。人間は五感で感じたものを、いちいち言葉に変換して理解しますか。口にした果物の味を体感するのは肉体であって、言葉や思想ではないでしょう。美術作品を感じとるのは、耳や鼻ではないでしょう。目によって見るのです。明るい絵か暗い絵か、美しい絵か、怖い絵か、それを認識するのは目です。にもかかわらず、見ているのかいないのかさえ、自信がないのです。だから誰かに「私は何をみているのですか」と、自信なく誰かに問うのです。赤色か青色かさえ、わからないのです。そして誰かに「私の見ているものは何ですか」と自信なげに、見えていると思う人に質問するのです。一体この人は生きているのか、死んでいるのか、と心配になります。
自分の見ているものが何なのかわからないということは、生きていることさえわからないと同じです。そこへ、知性の人がやってきて、理由のわからない抽象的な言葉を並べるのです。聞いている方だってわからないのに、「ああ、そういうことが描いてあるのですか」と納得したふりをして納得して、そこで初めて「絵が見えた」と思うのです。一体、この人は生きているのですか、と問いたくなります。僕は、横で思わず笑ってしまいます。
そしてその人は自分の目を信じないで、人の言葉を聞いた耳を信じるのです。折角目が見えながら、耳で絵を見た、いや、聞いたのです。この人は、目が開いているにもかかわらず、見えない身障者です。言葉は間違いなく耳で聞きます。コンサート会場で隣の人に、「この音は何ですか」と聞くようなものです。やかましい音ですか、静かな音ですか、と聞くようなもので、誰が見ても少し頭のおかしい人に見えます。ということは、今、目の前にしている絵が見ているのに見えない。この人は頭のおかしい人なのです。自分の食べたリンゴの味がわからないので、誰かにその味を教えてもらって、「ああ、初めて味がわかりました」と言っているようなものです。
絵がわからないというのは、リンゴの味が自分ではわからずに、人に食べてもらって「あっわかりました。おいしかったですね」と言っているようなものです。おかしいと思いませんか。あなた自身がその人なのです。他人事だといって笑わないでください。
絵はわかる、わからないで判断するものではないのです。あっ赤色だ、あっ黄色だ、花だ、人が立ってる、ああ青い空だ、黒いカラスだ、これでいいのです。この人はしっかり絵を見ています。黒いカラスを見て、あっコンニャクだ、とは言っていないでしょ。これでいいのです。見たものにわざわざ理屈をつけて、とんでもないものに例えたりする必要はないのです。描いてあるものをありのままに見ることが絵を見る才能です。それにあれこれ訳のわからない観念的な言葉に置き換えて思想化して、知識人になったかのようにしている人は実は何も見ていない人なのです。絵が見える人はそんな見方はしません。絵は、知識や教養ではないのです。肉体感覚のひとつ目の感覚が感応する。それでいいのです。時間があり余って暇があれば、誰かの言葉を聞いたりするのもいいかもしれませんが、最初、パッと見た時は自分の感性に従って感応すればいいのです。わかるということは、頭脳の仕事です。絵は何度も言いますが、頭脳による理解度ではないのです。頭脳は肉体が受けて反応した感性のあとで、ゆっくりしてからでいいのです。
今は美術に於ける観念(知性)と感性を対比して語りましたが、このことは美術の世界だけの話ではないのです。毎朝開いてみる新聞の記事や論評の中にも、随分、感性を無視した観念的な言葉があふれています。言い方を変えれば、知性と教養主導主義の言葉でびっしり詰まっています。言い方を変えれば、感性を無視したような内容のものが大半です。ひと言でいうと、肉体性の欠如です。と書くと、大半の知識人は怒るでしょうね。では何が必要なんだと迫ってくるでしょうね。
僕が言わんとするのは、知性と対立する霊性なんです。知性が優先されればされるほど、霊性は後退します。人間を生かしている力は知性ではなく、むしろ霊性です。霊性の起源は宇宙です。人間は本来、肉体と精神と霊性によって構成されていますが、現代社会では霊性は人間の成長と存在に於いてそれほど重視されていません。もし、未来社会がAIによって支配されるとなると、AIには霊性は不用です。かえって邪魔になるでしょうね。僕がいう近い将来は、AIの支配する社会を妄想しての想像力で、AIなど必要としない社会を希望したいですが、一方、科学と文明は霊性を無視するかのように進化の途にあります。僕のいう、知性の崩落は、あくまで願望であって、一日も早く霊性の支配する社会が来ることを望むばかりです。

『懐かしい霊魂の会合』1998年

『魂と肉体の交差』2002年

撮影:山田 ミユキ

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。
2023年文化功労者に選ばれる。

横尾忠則現代美術館
https://ytmoca.jp/

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