10月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第147回
フランスの医療制度とかかりつけ医制度
─フランスの医療制度にはどのような特徴がありますか。
木村 原則、社会保険制度によって提供されていますが、1996年の一般福祉税導入以降は部分的に変容されています。被保険者は企業別でなく、職業別の疾病金庫で決まり、退職後もその疾病金庫で継続的に給付を受けるという突き抜け型を採用しています。また、自己負担分が高いのですが、それをカバーする非営利の補足制度が発達し、国民の約8割が加盟しています。患者による医師の選択の自由は憲法上の価値を有していることも特徴的です。
─かかりつけ医の制度化はいつからですか。
木村 2004年にシラク大統領のもと、ブラジ保健大臣名で出された医療制度改革案のブラジプランにより2005年にはじまりました。ブラジプランとは収入を増やすため退職者の一般福祉税の増額や計算の基礎となる労働所得の上限割合の増加などにより疾病金庫の収入の増加を狙うととともに、給付範囲の見直しによる支出抑制も目指すものです。
─かかりつけ医制度が導入されたのはなぜですか。
木村 かかりつけ医制度の目的は医療費抑制目的と法文にも明記され、非常に単純明快です。そもそも、医療費増加の根本的な原因は、フリーアクセスと自由セクター医師に対する出来高払いの組み合わせ、そして情報が共有されていないことによる連携不足と考えられていました。また、「医療遊牧民」と呼ばれる患者がドクター・ショッピングをしていると想定した上で、その受診行動を抑制することも狙っています。そして、かかりつけ医による継続的なフォローと、慢性疾患の管理による質の向上も目指しました。
─かかりつけ医制度導入後、その効果はあらわれましたか。
木村 1人あたりの年間受診回数が1つの指標になりますが、フランスでは1991年以降6回前後で推移する一方、ドイツでは5.3回から倍近く増え、日本では減少傾向にあります(図1)。これをみる限り、中長期的にみれば受診行動の適正化への効果は確認されないと思います。効果がなかった要因として、そもそも不必要な受診が多くなかったことが考えられます。もう一つは、自己負担をカバーする補足制度があり、ほとんどの国民は実質的に自己負担ゼロで医療サービスを受けていることも理由と考えます。
─かかりつけ医制度の具体的な内容について教えてください。
木村 市民革命以来、権利意識が高いフランスでは、患者だけでなく医師や専門医の権利意識も高く、緩やかなかかりつけ医制度となっています。16歳以上の患者は自由にかかりつけ医を選択し、自身の加入する公的保険に登録申請しますが、選択しない自由もあります。医師の合意が得られると登録されますが、登録後も何度でも変更可能です。一方で信頼に基づく診療契約が満たされないと医師に応召義務はなく、患者を拒否することもでき、フランス最大の消費者団体の調査によれば、実際に医師の44%が今までに新患を断ったことがあるそうです。かかりつけ医は一般医か専門医かは問わず、開業医という限定もないので病院の勤務医でも可能です。
─専門病院の診察を受けるためには、その前にかかりつけ医を受診しないといけないのですか。
木村 かかりつけ医を経由せず専門病院や他の医師を受診できますが、自己負担がかかりつけ医経由受診なら3割+1ユーロなのに対し、経由しない場合は7割+1ユーロに増えるという保険償還上のペナルティーがあります(図2)。ただし、これも補足保険により自己負担部分が償還されますのでその効果は薄いです。
─フランスのかかりつけ医制度にはどんな課題がありますか。
木村 まず、かかりつけ医を持たない「かかりつけ医難民」とよばれる国民が増え、2022年時点でフランス人口の8.6%に相当し、特に医療過疎地では深刻です。また、かかりつけ医の受診が困難なため、本来は入院機能を担うはずの大病院の救急外来へと行き場のない中軽症患者が大量に駆け込むという事態も慢性化しています。これらの問題の背景には、団塊の世代医師の高齢化とリタイアによる現役医師の大量消失、国民の高齢化による医療需要増、長年の国による医学生数制限、ゲートキーパーの診療報酬凍結により同等学歴の他業種給与水準と比較し報酬が低くかかりつけ医そのものの魅力と現場の士気の低下、女性医師の比率の増加と働き方改善、過疎地での開業忌避などさまざまな要因があるといわれます。
─フランスのかかりつけ医制度を日本に導入することは可能でしょうか。
木村 フランスは社会保険が原則で国民皆保険を指向し、もともと患者が自由に医療機関を選べるフリーアクセスの国です。しかも医師団体の力がそれなりに強い、官僚の力が強いなど日本と共通する点は多く、導入するには障壁が少ないとも思え、重複受診や重複処方の防止、受診の適正化には効果があるでしょう。しかし一方で、フランスでは一般医の割合が高く、専門医の割合が高い我が国と大きく異なります。また、かかりつけ医を含めた専門医養成の枠組みがあるフランスの制度を教育制度が整備されていない日本に導入することは困難で、患者のリテラシーの高い我が国ではかかりつけ医と専門医の診療所間で経済的インセンティブを導入することも簡単には受け入れられないと思います。
─患者に対するメリットの面からはいかがですか。
木村 フランスの医師組合が指摘するように、患者の医療機関選択の自由をかかりつけ医制度が侵害しているという根強い意見があり、各専門医を自由に受診できる日本においても患者の権利侵害となる可能性があります。また、フランスのかかりつけ医では検査機器をほとんど装備していませんが、日本の診療所では検査機器が多く導入されており、診療内容も大きく異なります。フランスでは一般医は専門医より低い診療費で診療を行っていますが、日本では専門医が低い診療費でかかりつけ医として診療を行っているので、フランスのかかりつけ医制度を導入しても患者の自己負担額の削減にはつながらないでしょう。つまり、フランスのかかりつけ医制度を日本に導入したところで患者に対するメリットが乏しく、将来的に参考にできる部分はあるものの、短期的にはかなり無理があるのではないでしょうか。