2023年
7月号

神戸で始まって 神戸で終る ㊵

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人, 神戸

目下開催中の「原郷の森」展のオープニングと記者会見に出掛けた。ここ3年ぐらいコロナ禍で神戸のオープニングにもなかなか出席出来なかったが、今回の展覧会は拙著『原郷の森』(文藝春秋)という小説を展覧会に仕立てるという学芸員(小野尚子)の挑戦に期待がかかる。森を模した会場全体には木漏れ日が点在するという、ちょっと黒澤明監督の『羅生門』の森を連想させるのは、小野さんの映画への愛か。
先ず、『原郷の森』の内容を説明する必要がある。小野さんの解説に耳を傾けよう。

[展覧会について]
本書は、主人公Yが三島由紀夫と宇宙霊人に導かれ、すでにこの世を去った人々と芸術や人生について語り合うものです。ピカソ、キリコ、デュシャンにマン・レイといった横尾が私淑する芸術家たちから、黒澤明や東野芳明のような実際に交流のあった文化人たち、あるいはノストラダムスに親鸞、ブッダに猫のタマまでおよそ280名にのぼる登場人物が入れ替わり立ち替わり現れては思い思いの言葉を残していきます。彼らはみな、これまでの横尾の人生に直接/間接的に影響を及ぼし、その芸術観の形成に関わってきました。横尾の膨大な作品群の中には、彼らの存在をしばしば認めることができます。
本展では、森を模した展示室の中に関連する横尾の絵や版画をちりばめることで、言葉で表された小説の世界を視覚的に立ち上げることを試みるものです。横尾が生み出した原郷の森を主人公Yのようにさまよい、目から耳から、時には第六感から「森」を感じ取れば、いつしかあなたも死者たちのフォーラムに参加しているのかも。

[原郷の森への誘い]
小説は、ある日森で目覚めた横尾の分身Yが三島由紀夫と宇宙霊人に出会うことから始まる。ふたりは、ダンテを案内するヴィルジリオのごとく、これからYを導き、芸術家や歴史上の人物たちに引き合わせるという。現れたのは、画家、小説家、映画監督に音楽家、医者に落語家、文化人類学者。王に教祖、物語の登場人物、横尾のかつての飼い猫に神様までと、キャラクターも横尾との関連性も実にさまざまだ。彼らは横尾の作品について、各々が持つ視点から好きに語っては消えていく。何がテーマでどこに向かっているのかすぐには掴めないような会話が延々と続くかのようだが、全編を通して見ると壮大な横尾論が浮かび上がってくる。
当館2階の展示では、文字だけで表された小説の世界観を象徴的に表すことを試みる。木に見立てたいくつかの柱と、木漏れ日のような照明によって森を模した空間内に、関連する横尾作品と小説から抽出したセリフを無作為に配置する。隣り合う作品の間には、一見すると主題もテーマも技法にも共通点を見出すことができず、まさに種々雑多な「森」を体感することになるだろう。だがその中を歩き回り、作品から作品へと目を移していくうちに、いつしかそれらが思わぬ点で紐づけされていることに気づくかもしれない。まるで星の並びによって現れる星座のように。(横尾忠則現代美術館学芸員 小野尚子)

この512ページの大著『原郷の森』のそもそもの発想は、実際に僕の身に起こった超常的な体験を小説の原点にしている。1970年頃だったか、50年ほど前のある日、僕は、故柴田錬三郎さんの時代小説の挿絵を連載するために、作家の柴田さんと東京の高輪プリンスホテルに2人とも1年間カンヅメになって仕事をすることになった。
そんなある日の午後、ホテルの部屋のベッドの上で、寝そべってテレビを観ていた。その時、急に身体がスーッと浮き上がった。最初は身体の具合が悪くなったのかな、と思ったのだが次の瞬間、僕はホテルの部屋からいきなり別の場所に移動してしまった。その時は、何が自分に起こったのか理解できなかったが、いわゆるテレポーテーションが起こったのである。
そして、僕が移動したのは巨大な宇宙船の内部だった。天井も空も区別できないほど高く、宇宙船の奥行きも計り知れないほど広かったが、やがてそこが母船の内部であることがわかった。すると前方から背の高い3人の宇宙人と思われる人が、まるでローラースケートに乗っているようにスーッと近づいてきた。見ると、西洋人風の男性2人と、小麦色の肌の女性3人で、男性も女性も驚くほどの美男美女で、身体にピッタリの白銀色の宇宙服を着ていたが、NASAの宇宙飛行士のようなゴテゴテした宇宙服ではなく、ダンサーのようなピタッとして身体にフィットしたシンプルな宇宙服を着用している。その内の1人が僕に話し掛けてきた。音声ではなく、僕の意識に直接話し掛けた。その時、これがテレパシーかと初めて知った。
「初にお目にかかります。私達はあなたが想像するずっと以前、つまり生まれる以前から、あなたを観視し続けていたのです」
僕は頭の中で「観視」という言葉にちょっとひっかかった。すると即座に僕の意識を読んで、「失礼しました。お見守りしていました」と言い直した。そして、「首の後ろにチップを入れさせてください。肉体ではなく、霊体に入れるので苦痛は与えません。このチップによって、私達とあなたがもっと親密にコンタクトを取るためで、もし、お嫌なら中止しますが、いかがでしょうか」と尋ねられた。僕は非常に興味があったので、即座に受け入れた。これが、彼らとの初会合で、その後は、常に僕の意識の中に、僕の行動に関与していることが理解できた。そして、このことは50年以上たった現在も、彼らの意識と共有している実感がある。まぁ、こんな体験にフィクションを交えて、この宇宙的ドキュメンタリーな小説を書いたわけである。

オープニングの来客者には原則として、本『原郷の森』の装幀と同じボーダーシャツを着用していただいた。写真の前から2列目の右端に浅田彰さんの姿が見える


『横尾忠則 原郷の森』会場風景

撮影:山田 ミユキ

美術家 横尾 忠則

1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、東京都名誉都民顕彰、日本芸術院会員。著書に小説『ぶるうらんど』(泉鏡花文学賞)、『言葉を離れる』(講談社エッセイ賞)、小説『原郷の森』ほか多数。横尾忠則現代美術館にて「原郷の森」開催中(~8月27日)

横尾忠則現代美術館
https://ytmoca.jp/

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