2022年
11月号

映画をかんがえる | vol.20 | 井筒 和幸

カテゴリ:文化・芸術・音楽, 文化人

1982年の年末、慌ただしい街の商店街には、場違いなマイケル・ジャクソンの『スリラー』の歌声が聞こえていたり、世間は浮足立っているようだった。ボクの方は観たい映画の封切りを待っていた。テレビではスピルバーグ監督の『E.T.』の予告篇が流れて話題を独占していたが見たいとは思わなかった。我らB級派は同じ宇宙物でもゲテモノ感満載の『遊星からの物体X」(82年)に、面白さを賭けていたのだ。話題の方は優しくて子供がなつきやすい良い子だと聞いていたが、こっちの物体の方はまったく得体の知れない奴とかで、そこに惹かれたのだった。宇宙人を善と考えて友人にするか、悪と考えて敵に回すか。ハリウッドのメジャーとマイナーの戦いだった。
大阪千日前のスバル座でみた物体Xはどうにもこうにも始末に負えない、人類の敵だった。生かしておいてはならない化け物なのに10万年も前に円盤で飛来して南極で眠っていたという発想が面白い。まじめなSFホラーなのに、物体が現れる度に声を上げて笑った。なんであれほど笑ったのか今でも不思議だ。化け物の姿が余りに非常識だったからかな。話題独占の方は後に見たが、小学校の教育映画みたいでお涙頂戴には白けた。宇宙は悪意に満ちている、そう迫ってこられる方が断然、ボクには愉しい。口直しに、見逃していた緒形拳の「野獣刑事」(82年)や冬休み用に封切られたS・スタローン主演の「ランボー」(82年)も見た。ベトナム戦争帰還兵と彼を除け者にする田舎町の住人や保安官らと戦う話だが、単なるアクションものとは違って、ぶっきらぼうなスタローンにしては孤立していく姿が哀れでならなくて、意外に見応えがあった。
年が明けて、次作「みゆき」の制作準備に入ったが、なにせ人気漫画のファン向けの映画。なかなか中身に気がいかず、うつ病になりかけたりして片頭痛と闘いながらの準備は捗らなかった。なので、気分転換できて何かの発想の足しになる映画はないものかと探し歩いた。そんな時、今村昌平監督の「楢山節考」(83年)が封切られたが、山に捨て去られる老婆を見る気分にはなれなかった。大島渚の新作、「戦場のメリークリスマス」もすぐには見る気になれなかった。デヴィッド・ボウイは主演者の顔つきではないし、戦闘場面のある戦争映画は撮らないと監督自ら語っていたからだ。ボクは戦争を知らない世代だから、大島渚しか発想できない日本軍の戦闘をワンシーンでもいいから見たかったのだが。
映画館の奥の暗闇に身体を沈めながら、現実というのはどうしてこんなに退屈なんだろうといつも思う。外では空が晴れ渡っているはずなのになんでこんな暗闇にいるのかと。もう40年近く前になるか、ニューヨークのソーホー地区の裏通りにある小さな映画館に向かう途中もそうだった。アメリカ人は皆、忙しそうに早足で横断歩道を渡っていたが、ボクは映画を観る以外にすることもなく退屈で、交差点の角のフィガロという粋な名の喫茶店でしばらく一人で孤独だった。目当ての、アル・パチーノ主演の『スカーフェイス』(84年)を観るまで時間が余っていた。そこの店長が「ここで『卒業』で名を売る前のダスティン・ホフマンがウエイターをしてたんだ」と教えてくれた。歩道を行きかう人の表情や仕草を観察していたとか。ロバート・デ・ニーロもやって来ては本を読んでいたとか。名優はこの暇な店が好きなんだと言った。ボクもなんか得したような気分だった。
『スカーフェイス』は大好きな女優、ミシェル・ファイファーがマイアミの麻薬王の情婦役で登場した。そして、強情な主人公に気が移る女をさらりと演じ、知らぬ間に風のように消えていた。台詞は半分も分からなかったが傑作だった。アメリカ映画はアメリカで見るもんだと思った。同じ三十代の白人客カップルが、主人公が下品な台詞を吐く度、「オーマイガーッド!」と声を上げ、周囲の客を笑わせた。ニューヨークで観るギャング映画は格別だったな。

PROFILE

井筒 和幸

1952年奈良県生まれ。奈良県奈良高等学校在学中から映画製作を開始。8mm映画『オレたちに明日はない』、卒業後に16mm『戦争を知らんガキ』を製作。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降、『みゆき』『二代目はクリスチャン』『犬死にせしもの』『宇宙の法則』『突然炎のごとく』『岸和田少年愚連隊』『のど自慢』『ゲロッパ!』『パッチギ 』など、様々な社会派エンターテイメント作品を作り続けている。映画『無頼』セルDVD発売中。

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