11月号
風に吹かれた手紙のように|松本 隆|Vol.1
ラジオ番組みたいなふたりのおはなし。
ラジオを聴くように読んでほしい。
meme もうすっかりトアロードにいらっしゃるイメージが定着していますね。
松 本 本当によくいるからね。おしゃれで原宿に似てるけど、原宿ほど面積がない。裏通りもなんかいい感じで僕の散歩道。このあたりでごはんを食べることも多いの。中華のお店が線路の北側にポツンポツンとあって。
meme 私の母は北側でチャイナドレスのカスタムメイドのお店を経営していたんです。
松 本 チャイナドレスには思い出があるんだ。子どもの頃、近くに台湾の大使一家が住んでいて、大使夫人がチャイナドレスを着ていたの。綺麗な人だった。ドレスも綺麗だった。映画の『花様年華』みたいな感じでね。母が「襟が高いドレスは位の高い人なのよ」って教えてくれた。
meme 当時は珍しい舶来物を買えるお店があって、ドアを開けると日本じゃない匂いがしました。
松 本 それわかる。昔、アメリカの30㎝レコードを買うと、しっかりとしたビニールに入っていてね、爪で傷つけて開けるとアメリカの匂いがした。それが初めてのリアルなアメリカ。それから、紙コップで飲んだまずいコカ・コーラとジーンズ。『ローハイド』ってドラマで、クリント・イーストウッドが履いてたジーンズがかっこよかったの。所々破れかけたUSEDのジーンズを買って喜んでた。
meme お洒落だったんですね。今日もジャケットとストール、お帽子でとってもお洒落です。
松 本 ありがとう。シンプルなんだけどな、歳をとってよけいに。ジャケットは『TEATORA』ってお店でシーズンごとに買ってるの。シワになってもいい素材で小さくたためるから使いやすい。
meme 松本さん、夏でも半袖1枚でいらっしゃることってないですよね。
松 本 紫外線が苦手だから。だからストールも巻いておきたい。帽子は神戸に来てからだよ。このあたりには散歩しながらふらっと入れる帽子屋さんが何軒かあるからね。『マキシン』でしょ、ここの西側にもあるし、元町にも。帽子を被るようになったら、被らないと落ち着かなくなっちゃった。なんか無防備な感じ。靴履くの忘れた感じ。
meme 日本に帽子を持ってきたのは渋沢栄一さんらしいですね。フランスで「カッコイイ」と思ったとか。
松 本 昔の写真を見ると日本の男性も帽子を被ってるよね。どこかで面倒くさいものになっちゃったんだろうね。日本には室内では帽子をとらないと失礼って文化がまだあるし、それなのに帽子の置き場所がないことが多いの。帽子だけでなく文化そのまま持ってきてほしかったね。
ドイツでオペラを聴きに行くとクロークが日本の10倍くらいある。だから並ばずに預けることができるの。膝の上にコートを丸めて置いておかなくてもいい。雨の日は車を降りるとドアマンが大きな傘をさして誘導してくれてね、洋服を汚す心配なんかしなくていい。タキシードだって着ていけるよね。オペラに集中できる環境を整えるところまでが彼らの文化なんだよね。
meme ところで、『赤いスイートピー』プロジェクトがスタートしますね。摩耶ケーブル駅に赤いスイートピーの種を蒔いて、来春は車窓から“線路の脇のつぼみ”を眺める。発車メロディも『赤いスイートピー』に変わるとか。
松 本 面白いよね。大瀧詠一が生まれた岩手県の水沢江刺駅では、東北新幹線の発車メロディが『君は天然色』なんだって。流行ってるのかな。自然発生的でいいね。
この歌が生まれた時は、赤い色のスイートピーってこの世になかったんだよ。書いた時それ知らなかったの。でも僕の詞にユーミンが曲をつけて、松田聖子が歌って、『赤いスイートピー』って品種が生まれた。そして今度は僕が赤いスイートピーの種蒔きをする。不思議だよね。咲くかな。来春は乗らなくちゃね、ケーブルカーに。