7月号
ヴァイオリンがくれる時間は弾いているときも、お手入れしているときも、
ただ眺めているときも、大好きです。
ヴァイオリニスト 松田 理奈さん
国内外で活躍中のヴァイオリニスト松田理奈さん。この夏、日本センチュリー交響楽団と共に、三大ヴァイオリン協奏曲をお届けします。ヴァイオリンのあれこれ、伺いました。
楽器ストラディバリウス
現在お使いの楽器は、かの有名な…?
ストラディバリウスです。1717年製なので今年305歳です。
長い年月、幾人もの人の手によって災害や戦争から守りぬかれ奇跡的に存在しています。この楽器はお借りしているものですが、所有しておられる方が「“楽器を買った”のではなく、“楽器の歴史を預かって”いる」と話してくださった時は、身の引き締まる思いがしました。“歴史”を意識し感謝しお付き合いしなくてはいけない楽器です。イタリア生まれのこの子を多湿の日本に連れてきているので、なおのこと。
この楽器の素晴らしさはどんなところですか?
この楽器にしか出せない音があります。それから私は、独特の振動を感じます。同じストラディバリウス製でも各々個性があり、主張があり、意思があり、音は全く違いますし、奏者との相性もあります。“もの”ではないですね。私はこの子と本当に分かり合えるまで時間がかかりました。ヴァイオリンに限らず、楽器の音は媒体を通すとそのまま伝わらないのが残念です。ぜひ生で聴いて頂きたいなと思っています。
協奏曲に挑むということ
今月のコンサートでは協奏曲が続きますね。
オーケストラのための曲が交響曲、オーケストラとソリストのために描かれたのが協奏曲です。様々な協奏曲がありますが、ヴァイオリン協奏曲の面白いところは、ソリストが使う楽器とオーケストラのヴァイオリン奏者が使う楽器が、同じというところ。フルオーケストラとの共演になると、1丁対約30丁です。オーケストラの方が台数が多いのに、ソリストが弾くメロディは埋もれることはありません。響きや重ね方など、よく考えて作曲されているからです。ヴァイオリンのそれぞれのメロディ、音色に注目するとより楽しんでいただけるかも。
3曲ともどこかで聴いたことのある曲です。
とても珍しい構成です。昨年11月に初めて東京公演でこのプログラムを演奏しましたが、公演が決まって、先ず始めたのがジョギングです(笑)。体力が必要だなと思って。ヴァイオリンは最初から最後まで立ちっぱなしですし、意外かもしれませんが全身で弾くので足腰の安定感が必要です。ジョギングを始めてみると晴れた日に走るって気持ちがよくて。苦痛なく体力づくりができたおかげで、公演で疲れを感じることはありませんでした。それより、拍手に包まれて幸福感の方が上回っていました。
三大協奏曲のココがおもしろい!
1曲目はヴィヴァルディ「四季」ですね。
特に「春」は皆さん歌うことができるのではないでしょうか。オーケストラは最小人数のコンパクトな編成で、季節の移り変わりを奏でます。
今回はこの曲をより深く楽しんでほしいなと思い、初めての試みなのですが「四季」それぞれに書き添えられているポエムをSNSで紹介しています。ヴィヴァルディ自身が書き残したと言われているポエムです。登場人物がイキイキと暮らす様子が伝わってきます。美しい世界ばかりではなく、「夏」は暑さに疲れてしまったり、「秋」には収穫を喜びワインを飲んで酔っ払ったり。「冬」は寒さに震えながらも家の中では暖炉でいい気分に。そんな物語を感じて頂けたら嬉しいです。
2曲目はメンデルスゾーンの協奏曲。
聴いていたら、これがそうか、と思うメロディがいくつも出てきます。これはもう本当に名曲。ヴァイオリニストとして「作曲してくれてありがとう!」と言いたいです(笑)。
この曲、楽章間の間がないんですよ。どういうことかというと、曲の間の、コンサートでちょっと咳払いする、あの間ですね(笑)。それが全くなく、休みなくヴァイオリン弾きっぱなし。ところが、奏者に無理のないよう作られているんですね、不思議と最後まで気持ちよく演奏できます。
最後はチャイコフスキーです。
オペラの世界観を表現した曲でとっても華やか。弾くのも聴くのも大好きな曲のひとつです。3楽章は特に華やかなハーモニーに高揚します。演奏会でこの曲を聴いた帰り道、私は必ず体がポカポカして元気になります。なので、プログラムの最後にピッタリの曲だと思っています。
小編成のヴィヴァルディから始まり、メンデルスゾーンで人数が増え、最後のチャイコフスキーはフルオーケストラで豪華に。そこも聴きどころです。
ステージでの秘密
ところで、ドレスの中に秘密をお持ちですね(笑)。
靴を履いていません。裸足です(笑)。それには理由があって。
ステージは木で出来ているので振動をよく感じます。楽器も木で出来ていますから楽器の振動も併せて、私の身体を通してステージ全体が響きます。共演者の音も同じくです。私自身ができるだけ生で感じたいし、お客様にもできるだけそのままの響きを届けたくて、靴は履かないことにしたんです。
ステージでは身体も楽器の一部ということ?
そういう認識です。ですから健康でいなければ、と常に思っています。コンサートって、お客様も耳だけで聴いているわけではないと思います。全身で聴いてくださっているでしょう。体調が悪い時の音を届けるわけにはいかない、と思っています。といっても、ちょっとだけ食事に気をつけたり、休息を充分にとるくらいです。
リラックス法はありますか。
ヴァイオリンを弾くことです(笑)。練習とは別で、弾いていて心地のいい曲を、です。ヴァイオリニストが作曲した曲は、弾いていて気持ちがいいんです。メンデルスゾーン、サラサーテ、クライスラー。鳴る音の流れも共鳴する音も知っていますから、それはそれは気持ちがイイ。HAPPYになります。
私のとっておきは、クライスラー「テンポ・ディ・メヌエット」。聴いているだけでも気持ちよくなれると思います。お疲れのときにぜひ!
松田理奈(まつだりな)
桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコースにて研鑽を積み、2006年ドイツ・ニュルンベルク音楽大学に編入。2007年、同大学を首席で卒業。2001年、第10回日本モーツァルト音楽コンクールヴァイオリン部門第1位(史上最年少優勝)。2002年にはトッパンホールにて「16才のイザイ弾き」というテーマでソロリサイタル開催。2007年、サラサーテ国際コンクールにてディプロマ入賞。これまでに国内の主要オーケストラと数多く共演するほか、ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団、ヤナーチェク・フィルハーモニー室内管弦楽団、ベトナム国立交響楽団など海外のオーケストラや著名な指揮者とも共演。