3月号
ノースウッズに魅せられて Vol. 32
カリブーの越冬
凍結した湖面に、カリブーの群れが現れた。深い雪の上でも、軽やかな足取りで駆けてゆく。彼らの幅広で大きなヒヅメが、まるでカンジキのように浮力を生むのである。
春から秋にかけて単独で行動するウッドランド・カリブーも、冬になると10頭から30頭ほどの小規模な群れを作る。湖が凍るとオオカミに襲われ易くなるので、監視の目を増やすためだとか、雪の下の食料を集団で掘り起こすことで、消費エネルギーを節約しているなど、さまざまな理由が推測されているが、本当のところはよく分かっていない。
カリブーが集まってくる越冬地は決まって、針葉樹を主とする苔むした古い森だ。ムースたちが、灌木や若木の冬芽を求めて、広葉樹の多い地域に留まるのと対照的である。その秘密はカリブーの胃のなかのリケナーゼという酵素にある。それによって、硬い岩盤の上でも長い時間をかけて育つトナカイゴケという地衣類を消化して、栄養を摂ることができるのだ。この酵素を持つのは鹿の仲間でもカリブーだけらしい。
一方、冬の食料となる地衣類とは、菌類と藻類が共生した複合体である。菌類は雨や大気中の塵から藻類が必要とする水分や、窒素、リンを得て、藻類は光合成で得た栄養を菌類に与える。草木が生育できない土壌の乏しい場所でも、お互い助け合うことで繁茂できるよう、進化してきたのである。
カリブーも地衣類も、他の生物にとって望ましくない環境に適応することで生き延びてきた。私たちが見つめる生命とは、なんと微妙なバランスの上に成立する奇跡であろうか。
写真家 大竹英洋 (神戸市在住)
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。ノースウッズへの初めての旅を綴った『そして、ぼくは旅に出た。』で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』で第40回土門拳賞受賞。写真絵本に『ノースウッズの森で』、『春をさがして カヌーの旅』、『もりはみている』(全て福音館書店)がある。