2月号
神戸で始まって 神戸で終る ㉔
アッという間に開館3周年。再びY字路登場。「続・Y字路」展は2015年から金沢21世紀美術館から着任した平林恵学芸員の初担当。彼女は2009年、僕が金沢21世紀美術館で個展をした時の担当学芸員で、面白いアイデアをどんどん出してくれた。特に公開制作は、自ら警備員にコスプレして、来客者から本物の警備員に間違えられるほどで、環境への順応性には先天性のものがあった。実は彼女の才能と人柄を評価していた僕は、蓑館長に早くから彼女をスカウトできないかと頼んでいたが、結局は正規の学芸員の試験を受けて実力で難関を突破して、横尾忠則現代美術館の正学芸員として採用されることになった。
そんな彼女が担当した開館3周年記念展は「続・Y字路」展で、2006年以後のY字路作品を紹介する展覧会として、歴代1位の「反反復復反復」展、2位の「肖像図鑑」展についで3位の入場者数を記録する展覧会に仕立ててくれた。Y字路についてはすでに触れたと思うが、いわゆる三差路のことである。1本の道が左右に分離するその基点を中心に描いた風景画であるが、この主題の多くは夜景である。夜景にすることによって、左右2本の道が先で闇の中に消失していく。そんな構造の風景画は、今までほとんど美術の歴史上でも描かれていなかっただけに主題のオリジナル性を主張することになった。
Y字路と名付けたのは僕の頭文字にもちなんでいるが、日本ではかつて「追い分け」と呼んでいた。元々農道が発展したものであるらしい。よく時代劇などで、二股に分かれた道の途中にお地蔵さんがある風景を映画などで記憶しているかと思うが、その昔はその分岐点に死んだ猫を埋めて、大きいしゃもじを立てた。そんな風習があったと聞いたこともある。一方ギリシャでは、この場所の守り神としてヘカテという女神がいたという話を聞いたことがある。僕がバンコックに旅をした時、しばしばY字路を発見したが、その中央に位置する家の壁には大きい無地の赤い紙がベタッと張ってあったのを思い出す。風水的にこの場所は鬼門になっていて、魔除けのための表示だったのかもしれない。
日本でも、中央の家の前に自動車事故防止のための低いブロック塀が立てられている風景を何度も見たことがある。この中央の家は左右2本の道路に挟まれていて、住居としての環境はどうかと思うが、この場所を利用して交番が設置されていることが多い。見通しの点からいっても交番は最も立地条件にふさわしいだろうし、交番に飛び込んでくる車もそう多くはないだろう。このような使い道の悪い道路が僕の絵の主題になったというわけだ。
ニューヨークのタイムズスクエアは、世界で最も有名なY字路である。マンハッタンの縦と横に区切られた碁盤の目に、ズバッと斜めに道路が走っているが、それだけで無数のY字路ができてしまう。このような高層ビルの間に出来たY字路は、どこも似たり寄ったりの風景になってしまっているので、僕の描くY字路のモチーフにはなりにくい。パリの凱旋門を中心に放射線状に走る斜めの道路によっても無数のY字路ができているが、パリの都市構造上、どこも似たような建物ばかりでこれも絵にはふさわしくない。
僕も国内のY字路だけではなく、海外のY字路もモチーフにしようと思ってハワイやニューヨーク、ニューオーリンズに取材をしたが、一点も絵にしたいY字路に出会わなかった。長々とY字路の話をしてしまったが、現在、美術館ではさらに第3弾のY字路展が準備されていて、カタログの文章もすでに執筆されて、あとは展覧会を待つのみである。僕もしばらくY字路から離れているが、展覧会時には数年ぶりに新作を発表したいと思っている。
さて、「続・Y字路」展の次の展覧会は、昨年逝去された瀬戸内寂聴さんの時代小説「幻花」の挿絵の原画全371点を展示することになった。原画は小さいので、それを拡大して「小説世界の中を彷徨うようなインスタレーション」を演出。初日には瀬戸内寂聴×浅田彰×横尾の鼎談が企画されて、会場には溢れんばかりの観客が詰めかけた。瀬戸内さんは、それ以前もそれ以後も度々、展覧会のオープニングに顔を見せてくれて、瀬戸内ファンを大喜びさせた。
この新聞小説「幻花」の連載中に僕はインド旅行をすることになって、まだ書かれていない小説を先取りして、20数点の挿絵を瀬戸内さんに預けて旅行に立った。王朝時代の知識など全くない僕は、仏教的な絵や、時にはUFOの絵など描いた。UFOの絵には困られたそうだが、僕に言わせればいつの時代にもUFOは人間を宇宙から監視しており、特に戦乱の時代にはしばしば地上に飛来していたはずだ。だからSFでもデタラメでも何でもない。その時代のドキュメントである。そんな風に思って読む読者はひとりもいない。瀬戸内さんの書く小説の時代の背景にも、宇宙は見えないところで関与していたのである。まあそんなわけで、瀬戸内さんは随分困られたようであるが、読者は「なんでUFO?」と想像して、きっと楽しんでくれたと思う。
美術家 横尾 忠則
1936年兵庫県生まれ。ニューヨーク近代美術館、パリのカルティエ財団現代美術館など世界各国で個展を開催。旭日小綬章、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞受賞。
横尾忠則現代美術館にて「横尾忠則の恐怖の館」展を開催中。
http://www.tadanoriyokoo.com