2月号
ノースウッズに魅せられて Vol. 31
ワタリガラスの翼
ある年の冬。野営道具をソリに積み込んで、原野を旅していた時のこと。一週間が経った頃だろうか。朝、テントを出て、凍った湖へ水を汲みに行った。すると、湖畔に出る直前、遠くの対岸に黒い点が見えた。目を凝らすとそれは一頭のオオカミだった。あの辺りは昨日、湖面に穴を開けてレイクトラウトを釣った場所だ。魚の匂いが残っていたのかもしれない。オオカミは頭を低くして、しきりに周囲の匂いを嗅いでいた。
程なくして、遠くでワタリガラスの鳴く「カァ」という声がした。ワタリガラスは大型のカラスで、冬でもノースウッズに残る。オオカミは頭を上げると、声のした方へ真っ直ぐに駆け出した。何かの合図だったのだろうか。
空から森を見ることのできるワタリガラス。そして、群れで巨大な獲物を仕留めることのできるオオカミ。科学的に証明することは難しいようだが、食料を得るためお互いの能力を利用するかのようにコミュニケーションをとっていたとしても特に驚きはない。
オオカミがいた場所へ行ってみると、新しく積もった雪の上に、何やら不思議な模様が残されていた。それはワタリガラスが雪原に舞い降りた時につけた跡だった。着地する直前まで広げていた翼の形が、やわらかな雪にそのまま刻印されたのだ。人間がこんなところで何をしていたのか、夜明けとともに調べに来ていたのだろう。ワタリガラスたちはきっと、この森で起きる出来事の全てに通じているに違いない。さながら北欧神話に登場するフギンとムニンのように。
写真家 大竹英洋 (神戸市在住)
1975年生まれ。一橋大学社会学部卒業。ノースウッズへの初めての旅を綴った『そして、ぼくは旅に出た。』で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』で第40回土門拳賞受賞。写真絵本に『ノースウッズの森で』、『春をさがして カヌーの旅』、『もりはみている』(全て福音館書店)がある。