12月号
連載エッセイ/喫茶店の書斎から67 やまありたにあり
今村 欣史
書 ・ 六車明峰
久しぶりに元町へ出かけた。本当に久しぶりに。兵庫県民アートギャラリーで開催の「名筆研究会展」を観るためである。
「名筆研究会」は、この「喫茶店の書斎から」に「書」を提供してくださっている六車明峰氏が所属しておられる。
今回の六車作品は、画家サム・フランシスの言葉《色彩は生まれる 光と闇の相互貫通から》を150×180㎝の大きさに書かれたもの。勇気づけられるような迫力のある書でした。書かれている字は、このページでご覧の通り、誰もが読めるものだ。それでいて芸術性が高く、見飽きない。
広々とした会場には、背丈ほどの作品がズラリと並んでいて圧巻であった。それぞれに個性があり楽しめる。
元町に出たなら、わたしにはもう一カ所立ち寄るところがある。商店街から少し横丁に入った所の古本屋「花森書林」さん。
ここの店主の森本恵さんが笑顔良しで、古本屋さんには珍しいなかなかの商売人。お客さんの顔をよく覚えていて、話をそらさない。さりげなくその人に合った話題に導き、居心地がいいというわけだ。
わたしには口頭詩に関する話題をふられることが多い。わたしの昔の口頭詩集を読んでくださったことがあり、自分の子どもさんの口頭詩を記録しておられるのだ。ある意味、同志である。
そこで今回いただいたのが、「唐芋通信」という情報紙。京都にある古本屋、「カライモブックス」さんが発行しておられるもの。A3用紙一枚の裏表に印刷されていて、ページ数でいうなら8頁分ある。
今回頂いたのは第16、17号の二通。
『苦海浄土』で著名な石牟礼道子に思い入れのある文章などが載っているが、本のことだけではなく、店を営むお二人、奥田順平さんと直美さんの「想い」が書かれていたりして興味深い。そんな中、わたしが注目したのは「みっちんの声」と題するコラム。森本さんはこれをわたしに読ませてやろうとの思いで提供してくださったのだ。
そこには、順平さんが、その娘さんが発することばを載せておられる。これが楽しい。すべて「口頭詩」になっていると言っていい。
「口頭詩」については以前にも述べたことがあるが、基本的には《自分ではまだ字が書けない幼児が発した言葉をそばにいる大人が書き留めたもの。》であり、そこに驚きや発見があれば「詩」である。
この「みっちんの声」の、みっちんは幼児ではなく、10歳前後か。すでに字を書ける年齢だが、ここに載っているものは父親の順平さんが記録したもの。すべてお見せしたいが、わたしが気に入ったものをいくつか紹介しよう。順平さんのお許しを得ましたので。
きれいなうそって、よっぽどきれいなんやろなあ
おかあさんはおこってるじゃなくて、おかあさんがおこってるやで
としとったから、なんかいもおなじこというっておとうさんはいうけどな、それはちがうで。おとうさんはそもそもそういうひとなんや
おとうさんのひとりごとはでっかいねん。ひとりごとちゃうねん。にかいにいるおかあさんがへんじしてんねんで。な、ひとりごとちゃうやろ
おとうさんは、こつこつべんきょうできひんねんから、べんきょうするひをきめなあかんねん。わかってるか、きいてるか、わかってへんやろ、きいてへんやろ
みたけどみてへんと、みてへんけどみたはちがうんやで、おとうさん
ひにひに、しってるようでしらんことがふえていくねん
やまありたにありのじんせいやった
実に頭のいい感受性豊かな子どもさんです。
お父さんが見事にやっつけられたりして、父娘のほのぼのとした関係がうかがえます。
「やまありたにありのじんせいやった。」には恐れ入りました。
六車明峰(むぐるま・めいほう)
一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。
今村欣史(いまむら・きんじ)
一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。西宮芸術文化協会会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。