11月号
不思議の湯、有馬温泉 その謎を地下から解く
温泉と言えば火山のイメージだが、有馬温泉のまわりに火山はない。しかし、沸点に近い高温の湯が滾々と涌くし、泉質も独特だ。なぜ有馬の地にこのような世界的にも珍しい温泉が出るのか大いに謎だが、そのからくりをマグマ学者の巽好幸先生にズバリ訊いてみた。
実は近畿が世界最新?
日本の温泉の多くは火山性です。ところが、有馬温泉やその周辺の宝塚、武田尾、神戸の灘温泉は火山性ではなく、有馬型温泉とよばれる特徴ある非火山性温泉になります。有馬型温泉は日本に有馬周辺しかなく、世界でもほとんど例がありません。
有馬の泉質の特徴に、まず塩分濃度が高いことが挙げられます。舐めるとわかりますが、海水よりずっと塩辛い。また、炭酸も多く含んでいます。プレートは表面が海水と反応しますから、いっぱい海水を持っていますので、それが絞り出されているのではないかと考えられます。
一方で、九州も近畿・中国と同じくフィリピン海プレートが沈み込んでいますが、火山が多く、別府や霧島など火山性温泉もたくさんあります。ところが近畿・中国はまばらで、活火山は2つだけです。
そこで、沈み込んでいくプレートの性質をみてみましょう(図1)。九州パラオ海嶺が宮崎の沖から延びていますが、これを境にプレートの年代が違い、近畿・中国のある東側が2500万年前より新しいプレート、九州のある西側が5000万年前より古いプレートになります。それが火山や温泉の違いに結びつくのではないかと考えられそうです。
ところが、この境目が九州を斜めに通っているので、別府や阿蘇は新しいプレート側に入っていることになって話が合わなくなります。でも実は、新しいプレートは少し西向きに振って沈み込んでいるので、境界は少し東にずれ込んでいるのです。この沈み込みの向きが変わったのは300万年前であることが最近わかってきて、その年代に基づいて補正するとちょうど火山分布の境目になります(図2)。
東側の新しいプレートは、ちょうどいま近畿地方の真下ぐらいに軸があります。なぜここが新しいのかというと、大陸移動と同じようなことが起きているからです。伊豆海嶺と九州パラオ海嶺はもともと一つだったんですが、3000~2500万年前から開きだして、伊豆諸島がだんだん東へ移動していきました。ですからこの開いている真ん中が一番新しくて1500万年、世界で一番新しいプレートの一つです。プレートが新しい、つまり若いということは、熱いということです。
プレート直結ゆえの泉質
プレートはもともと水を含んでいますが、地下へ入っていくとまわりからギュッと押されるし温度も上がっていくので、この水は絞り出されてしまいます。どれくらいの深さでどれくらいの温度の時に水が出てくるかシミュレーションすると、冷たいプレート、九州をはじめ世界中のほとんどがそうですけれど、ここでは深さ100㎞~150㎞のところで数百℃以上の温度の水が絞り出されていきます。水には面白い性質があり、ある程度の温度になるとものを融かしやすくするんです。それで、水が絞り出されるともともと融けない物質が融けるようになるので、マグマができて、火山ができるんですね(図3)。
一方で有馬の下はプレートが熱いので、60㎞くらいの浅いところで高温の水が絞り出されてしまいます。もっと深いところでは水がほとんど出なくなり、当然マグマも火山もできません。また、浅いところで絞り出された水は、何かの拍子に地表へ上がっていき温泉になります(図4)。
この水はもともと海水ですが、それが地下で濃縮される訳ですから海水より濃い塩分濃度になり、プレート表面には貝殻や微生物の死骸などいっぱいあるので炭素が多く、炭酸がいっぱい取り込まれます。さらに、10%くらい鉄が含まれる玄武岩からも高温環境下で鉄分がいっぱい溶け出します。高濃度の塩分、炭酸、鉄分─まさに金泉の泉質ですよね。そう、金泉は沈み込んだプレートと直結した温泉なんです。
一方の銀泉はどのようにできるのでしょう?地下から水が煮上がる途中で圧力が下がると、炭素ガスが抜けていきます。炭酸ガスは軽いので上に上がっていきますが、それが地下水と反応し温泉ができます。それがまさに銀泉や宝塚、灘の炭酸温泉です。つまり、有馬の湯はもともと金泉で、二次的に銀泉がつくり出されているのです。
災害とトレードオフの関係
ではなぜ、プレートに直結した温泉が有馬に涌出するのでしょう?それはまさに、有馬高槻構造線とよばれる大きな断層が走っているからです。結構深いところまで、おそらく地下10㎞くらいまで届いていますが、断層があると水が通りやすくなります。つまり、有馬は世界に類を見ない熱いプレートの上に断層があるため、高温の温泉が地上に上がってくるのです。
一方で、有馬高槻構造線はおととしの大阪北部地震との関連が指摘されていますし、有馬でも1596年の慶長伏見大地震で大被害を受けています。つまり、有馬温泉は地震が起きるからこその温泉でもあるのです。
もっと大きな視点でみてみましょう。近畿はやたらと断層が多いし、大きな地震もよく起きるところです。これはまさにフィリピン海プレートが入り込んでいるからです。一方でフィリピン海プレートは有馬温泉のほかにも、さまざまな恵みを我々に与えてくれます。
例えば瀬戸内海は明石の鯛や播磨灘のあなごなど、海の幸が豊かですよね。これもフィリピン海プレートに関係があります。プレートが斜めに入ることで、潮流が速い「瀬戸」と穏やかな「灘」が連続する特異な形の瀬戸内海が生まれ、500種類くらい多種多様な魚が住む世界的にも豊饒な海になったのです。
日本列島は地球上でもプレートの変動現象が激しく、大きな災害にも遭いやすいところです。しかし、それと引き換えに自然の恵みもいっぱいあります。ですから恩恵をいただくときは当然ながら感謝しつつ、自然に対し畏敬の念を持ち、試練が与えられることを十分に覚悟して暮らしていくことが大事ではないでしょうか。また、そのことが日本人の精神性と関係し、独自の文化を育んできたのではないかと思います。
有馬温泉はまさにプレートの恵み。温泉に浸かるとき、この湯が地下60㎞のプレートから来たと思うと、ありがたさもひとしおでしょう。そして夕食にはぜひ瀬戸内の魚を召し上がっていただきたいですね。有馬がオンリーワンである理由─日本列島の変動と裏表であることを知り、体感すれば、改めて有馬の価値を感じていただけるのではないでしょうか。有馬温泉の活性化のためにも、その類い稀なる特徴をしっかり理解することが大切だと思います。
巽先生が所長を務める「ジオリブ研究所」へようこそ
「変動帯の民」日本人が、「人新世」の地球
そして日本列島で生きるということを考える
地球で最も地震や火山が集中する、世界一の「変動帯」日本列島。私たち「変動帯の民」は、こんな日本列島から数え切れないほどの試練を受け、同時に豊かな恩恵に浴しながら、この島と共に暮らしてきました。人類が、太陽系唯一の「水惑星地球」の環境に大きな影響を与え始めた「人新世」。この時代を私たちはどのように生きてゆくのか?私たち「変動帯の民」のDNAに刻まれた「記憶」を呼び起こしながら一緒に考えていくのがジオリブ研究所です。こちらからジオリブ研究所の活動をご覧いただけます。
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巽 好幸
理学博士(東京大学)。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授、同大学高等研究院海共生研究アライアンス長などを歴任し、現在は神戸大学海洋底探査センター客員教授。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。グルメとしても知られ、美食地質学を創始。多数ある著書の中でも『和食はなぜ美味しい?日本列島の贈り物』(岩波書店)は人気の一冊。2019年、ジオリブ研究所を創設し所長に。ジオ・アクティビストとして、美食地質学や先端地質学の情報発信などさまざまな活動をおこなっている。