6月号
縁の下の力持ち 最終回 神戸大学医学部附属病院 臨床ゲノム診療・研究センター
遺伝子の変化を調べ、新たな治療の選択肢へとつなぐ
診療科を横断してつながり、連携しながら最善の治療を支えておられる先生方にお話を伺ってきた「縁の下の力持ち」。最終回は、患者さんの臨床試験へのチャレンジを支える「臨床ゲノム診療・研究センター」を訪ね、センター長の南博信先生にお伺いしました。
―ゲノムとは。
「GENE」+「OME」。「細胞が持っている全ての遺伝子」のことです。遺伝子の情報から診断するのがゲノム医療。多くの遺伝子を幅広く調べるのが、がん遺伝子パネル検査です。
―遺伝子を調べるということは、がんは遺伝する病気ということですか。
がんになりやすい体質は遺伝することはあっても、がんは決して遺伝はしません。精子と卵子が結びつき両親の遺伝子を受け継いで赤ちゃんが生まれ、正常な同じ遺伝子を持った細胞でそれぞれの臓器が構成されます。ところが、たばこを吸う、紫外線を浴びる、化学物質にさらされるなど、「発がん物質」といわれるものの影響を受け、臓器に分化した細胞の中で遺伝子に変化が起き、そこからがんが発生します。
―遺伝子が変化するとどんなことが起きるのですか。
正常な細胞は体の状態に合わせ、増殖したり、増殖を止めたりします。例えば、皮膚に傷を負うと「増えなさい」という指令が届き、治ると指令がなくなり増殖は止まります。この指令を受け取る遺伝子が変化すると、体からの指令に従うことなく、がん細胞が自立的に増え続け、とても厄介なことになります。
―では、変化した遺伝子を治療するのがゲノム医療?
たくさんある遺伝子の、どの遺伝子に変化が起きているかを「調べ、治療に役立てる」のがゲノム医療です。最近は技術が進歩し、特定の細胞だけを狙う、分子標的薬の開発が進んでいます。がん細胞だけでなく正常な細胞も抑え込んでしまう一般的な抗がん剤に比べ、分子標的薬は副作用が軽いことが多いです。検査結果に沿って合う薬を見つけます。
―どこのどんながんを治療する薬ですか。
「どこのどんな」ではなく、遺伝子の設計図にミスが生じている細胞をターゲットにし、がんを横断的に治療する薬です。例えば、EGFR(上皮成長因子受容体)異常が認められる肺腺がんでは、EGFRにターゲットを絞って開発・承認されている薬が高い効果を上げています。その他にも、遺伝子異常に対しての薬が承認されています。異常が予想されるいくつかの遺伝子を調べ、当てはまる薬があれば保険適用されます。
―では、遺伝子を幅広く調べるパネル検査は何のために受けるのですか。
多くの遺伝子異常がありますが、それぞれの頻度は非常に少ないものが多いのです。ほんのわずかしかない遺伝子異常に対する治療薬を、製薬会社がそれぞれに開発を進めています。臨床試験のために個別に調べていたのでは非常に効率が悪い。そこで、がん遺伝子パネル検査でまとめて調べます。開発中の薬の中に合うものが見つかれば患者さんは臨床試験へと進めます。
―患者さんはいつ、実際にどんな検査を受けるのですか。
効果が認められている手術や一般的な抗がん剤から始めるのが、患者さんのために最も良い治療方法です。しかし、それらの治療が効かなかった時は、開発中の薬にチャレンジし希望へとつなぐ検査、という認識です。臨床試験に参加するためには、ある程度の体力が必要ですし、検査結果がでるまでには時間がかかります。早めに選択肢の一つとして考えておく必要はあります。
がん細胞を採取して調べますが、最近は血液から調べる方法も承認されました。国民皆保険制度のある国で唯一、日本はパネル検査に保険が適用されています。ただし一生に1回限りです。
―神戸大学病院の役割は。
がんゲノム医療拠点病院の指定を受けていますので、がんゲノム医療外来を設け、そこを受診していただきパネル検査を行います。遺伝子異常は非常に複雑で、検査結果を解釈するのは難しい。さまざまな専門家が集まり、エキスパートパネルを実施、検査結果を基に議論・検討を重ね、結果報告書を作成します。
―検査をし、臨床試験に結び付くのはどの程度ですか。
検査を受けた患者さんのほぼ半数に治療対象となりうる遺伝子異常が見つかり、その中で、国立がんセンターでは約19%(2013年7月~14年10月)、神戸大学病院では約8%(2019年7月~21年3月)が臨床試験に至っています。最終的に差が出るのは、国内では多くの臨床試験が東京で行われているため、地方都市では候補の薬があっても治療に結び付きにくいのが現状だからです。
―今後への期待は。
検査結果や臨床情報などを全てC-CAT(がんゲノム管理センター)で集約・管理する仕組みが確立されました。今後、蓄積されたデータを大学、研究者、病院、製薬会社が協力して、がん患者さんのためにどのように有効活用していけるかに懸かっています。