2021年
6月号

神戸偉人伝外伝 ~知られざる偉業~⑭事業を夢に変えた小林一三の創造性:後編

カテゴリ:神戸, 経済人

文化の開拓者

「誰にも夢がある。それはたとえ小さくともその夢がふくらみ花を咲かせ、立派に実るのを見るのは楽しい」。
生前、こう語っていた小林一三にとって、鉄道を始めとする事業は、単なる実業家にとっての経営ではなく、一つ一つが夢の種だった。
彼は都市のインフラというハード面だけでなく、日本文化という壮大なソフト面の変革にも挑み続けた。数多くの夢の種を、ハード、ソフト両面に渡って撒き続けたが、それらの種はどう育ったのだろうか?一三が撒いた種の成長の過程を見れば、日本人のライフスタイルや、日本人の精神の変遷も伺うことができる。
昨年大ヒットし、社会現象にもなった劇場版アニメ「鬼滅の刃 無限列車編」の興行収入が、日本映画の歴代記録を塗り替え、第1位となった。
配給は、日本トップの映画大手「東宝」。その前身は「東京宝塚劇場」。映画や演劇事業など、それまでの芝居小屋のような旧態依然とした興行形態から近代化を図ろうと、一三が1932年、東京・日比谷に創設した。現在のシネコン時代の到来を、またミュージカルブームを予見し、日比谷映画劇場など都市型劇場の運営に次々と着手していく。
「芸術は生活の糧である、という言葉があるが、私どもは、常からそれを信じている」と語っていた彼は、実業家であると同時に文化人として芸術文化発展のための先見の明を持っていた。海外の流行を誰よりも学び、日本人のライフスタイルを変え、人生を豊かにする文化を築こうとしていた。
それを支えるハードの基礎として、「東京・日比谷、有楽町一帯をアミューズメントセンターにする」と豪語し、都心に映画・演劇文化の拠点を築き上げていく。
さらに、彼は「百館主義」を掲げ、全国に〝百の映画館〟を展開し、映画を普及させようと計画。現在、TOHOシネマズグループの映画館は全国に約70、スクリーン数は約670にのぼる。「鬼滅の刃」の大ヒットも、彼がいなければ、生まれていなかったかもしれない。

実った種、そして…

「私が死んでもタカラヅカとブレーブスだけは売るな」と〝遺言〟を残し、一三は1957年、84歳で亡くなった。
夢の種を撒き続けた一方で、「やがて冬の時代がやって来ること」を感じ取っていたのだろうか。
「清く、正しく、美しく」。文学青年で演劇好きだった彼がこんな校訓を掲げ、1914年に創設した宝塚歌劇団は、海外公演を成功させるなど、一世紀以上が過ぎた今も、〝タカラヅカ〟の名で国内外の多くのファンから支持され続けている。
一方、学生時代、野球に魅了された一三は、日本野球の発展にも多大な功績を残している。
1915年8月。阪急の前身、箕面有馬電気軌道が大阪朝日新聞に働きかけ、第一回全国中等学校優勝野球大会を大阪・豊中球場で開催した。「電鉄会社でなく新聞社が主催した方が、全国行事として親しまれやすい」と提案。〝夏の甲子園〟の礎を築いたのも一三だった。
アマチュア野球の普及に止まらず、プロ野球の創設にも尽力。1936年、阪急ブレーブスの前身「大阪阪急野球協会」を設立する。
「米メジャーリーグのように、日本にプロ野球を根付かせたい」。この覚悟は固く、西宮市にブレーブスの本拠地「阪急西宮球場」を建設する。当時、東京巨人軍(現読売ジャイアンツ)や大阪タイガース(現阪神タイガース)など次々とプロ球団が生まれるが、オーナーが自前の野球場を建設したのは初めてだった。種を実らせるため、文字通り〝田を耕す〟ところから始めた球団オーナーは当時唯一人。夢に懸ける一三の本気さが分かる。
だが、球団創設から約半世紀後の1988年。阪急ブレーブスは、オリエント・リース(現オリックス)へと身売りされる。実り続けた種ばかりではなかったのだ。
だが、彼が手塩にかけ育てたタカラヅカと同様、ブレーブスという種もしっかりと実を結んでいたことを忘れてはならない。リーグ優勝10回という華々しい戦績を誇る常勝球団として大輪の花を咲かせていたことを…。
西宮球場でのラストゲーム。一三が創設した名門阪急で育ったエース、山田久志と世界の盗塁王、福本豊が試合後、ユニフォームを脱いだ。この日、涙を流したのは、名球会に名を刻む彼ら〝勇者たち=ブレーブス〟や阪急ファンだけではなかった。
「野球場で夢を見る…」。
この喜びを叶えさせてくれた一三の功績を偲んだ全国の野球ファンは少なくなかったはずだ。

=終わり(次回は手塚治虫)

戸津井康之

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