10月号
兵庫県医師会の「みんなの医療社会学」 第六十五回
公費負担医療と生活保護法による医療扶助
兵庫県医師会医政研究委員
まどのみきメンタルクリニック 院長
真殿 美樹 先生
─公費負担医療とは何ですか。
真殿 公費負担医療制度とは、社会福祉や公衆衛生の向上発展を期する事を目的に、国と地方自治体がその一般財源を基礎として医療に関する給付を行う制度です。その目的ゆえに、受診抑制がおこなわれずに済むように公費が投入される制度と理解して良いでしょう。保険医療が個人の責任を基礎としているのに対して、公費負担医療は、例えば伝染病や公害による医療は個人よりも社会の責任で成されるべきであるという考え方の上にたっておこなわれています。
─公費負担医療はどのような仕組みになっていますか。
真殿 公費負担医療は大きく3つのパターンに分類されます。まず、30%の自己負担のうち一定額を公費で負担されるもので、難病医療や自立支援医療のように患者負担の上限が設定されているものや、結核医療のように一律25%が公費で負担されるものなどです。次に、30%全て公費で負担され、自己負担ゼロになるもので、アスベスト医療等が該当します。最後に、公費100%というのが生活保護法による医療扶助などです。また、公費負担医療には優先順位があり、複数の公費負担に該当する場合、優先順位の高いものから適用します。そして、優先順位の最下位に位置するのが医療扶助です。医療扶助は「最後の」セーフティネットと言えます。
─生活保護受給者のうちどれくらいの人が医療扶助を受けていますか。
真殿 例年医療扶助費は生活保護費総額の約5割ですが、これを受給者のうち医療扶助を受けている人の割合(医療扶助率)で見ると例年約8割になります。年齢階級別では約7割が60才以上、傷病分類別では約3割が精神障害です(図1)。また、1人当たりの医療扶助費が国保、後期高齢者医療の被保険者に比べ年間30万円、比率にして約3割高く、不必要な医療扶助が生じているという分析結果等を受け、平成26年7月に生活保護法の一部が改正されました。不正・不適正受給対策の強化や医療扶助の適正化に重点を置いたものになり、医療機関への指導強化など、過剰診療抑制も盛り込まれています。また、法改正に先立って、平成26年1月から医師が認めれば医療機関が受給者に後発医薬品使用促進を促すことが法制化しています。
─なぜ医療扶助費が割高になっているのでしょうか。
真殿 平成25年度の医療扶助費の構成割合のデータでは、入院費が6割近く占めています。件数にすると入院は医療扶助人員総数の7.1%に過ぎないので、入院医療費が外来に比べ非常に割高になる事が明らかで、先に引き合いに出された国保、後期高齢者医療は入院費の割合が少ないために医療扶助より年間30万円低額になったものと思われます。そして、医療扶助による入院費のうち4割近くは精神障害によるものです(図2)。しかも15~54才になると入院費6割近く、5年以上の入院費の9割近くが精神障害によるものです。件数にすると精神障害による入院の半数近くが5年以上の入院で、そのほとんどが退院しても受け皿がないための「社会的入院」です。なお、生活保護受給者に精神障害による入院が多いのではなく、入院が続いた結果収入を得られずに健常な家族と「世帯分離」され、生活保護受給に至った例が多いようです。また、精神科長期入院患者の退院の理由としては6割以上が死亡退院、あるいは転院であり、家庭に帰れる事は少ないと言われています。ですから、医療扶助費の適正化には何よりもまず精神障害による入院患者の退院促進に取り組む姿勢が必要でしょう。平成28年度の診療報酬改定では精神科入院患者の地域移行が促進されるような加算も登場していますが、精神病院は9割以上が民間病院なので一朝一夕に長期入院が減るはずもなく、結果が出るのが早い後発医薬品使用促進に着手したのだと思います。
─医療扶助の悪用に関する報道もありますが。
真殿 報道には悪質な貧困ビジネスと言えるものや、患者の人権を無視した許し難いものもありますが、保険医療における受診抑制策のしわ寄せで経営危機に陥った医療機関が「金の生る木」である受給者を利用した必死の生き残り作戦という一面も垣間見えそうです。そして「医療から介護へ、施設から在宅へ」という流れにより高齢単身世帯の生保受給者が増えて、彼らをターゲットにした医療関連の貧困ビジネスに非医療従事者が参入しやすくなり、それがニュースになる機会も増えたようです。医師としては報道された当事者のモラルハザードを他人事と片付けず、「患者の自己負担がなく未回収がない」からと過剰診療に至っていないか常に自問自答する姿勢が必要と考えます。余談ですが、生活保護関連の報道でしばしばやり玉にあがる不正受給は金額にして全体の0.5%、世帯数にして全体の2.2%と割合的に決して多くありません。それより複数の調査で20%を下回るとされる生活保護の捕捉率の低さこそ社会問題化されるべきでしょう。過剰なバッシングにさらされている不正とは全く関係のない受給者の気持ちを思うと、偏った報道に怒りを覚えます。