10月号
企業経営をデザインする⑨
お客様のニーズにお応えして愛される旅館づくり
株式会社 中の坊 代表取締役社長 梶木 実 さん
有馬温泉の中でも人気の高い宿「有馬グランドホテル」「中の坊瑞苑」。有馬グランドホテルでは、今年21部屋限定のお部屋『和室ツイン』をオープンした。「お客様のニーズにお応えしてきた」という旅館づくりについてお伺いした。
有馬十二坊のひとつ
中の坊150年の歴史
―中の坊(現在は中の坊瑞苑、有馬グランドホテル)は、明治元(1868)年に開業されたそうですが、すると神戸港開港と同じ、来年150周年を迎えられるのですね。
梶木 はい、旅館を正式に開業したのが明治元年です。それまでも宿泊業は営んでいたのですが、いつからかというのはよくわかりません。もともと炭屋をやっておりまして、その二階を湯治に来られた方にお部屋を貸しており、電気やガスが発達し炭の需要が少なくなってくると、二階の旅宿の方がメインになっていったのです。明治期には、有馬温泉には外国人専用の旅館があったそうで、当時からたくさんの方に来ていただいていました。
―中の坊は有馬でも歴史のある「十二坊」のひとつです。
梶木 十二坊というのは、ご存じの通り、鎌倉時代に仁西上人(にんさいしょうにん)が熊野の権現さんの教えに従って、十二神将にちなんで有馬に「坊」と名の付く宿坊を設けました。そのひとつです。
―まさに神戸の歴史とともにあった150年ですが、中でも大きな出来事といえば。
梶木 やはり記憶に鮮明に残っているのは、阪神・淡路大震災です。有馬グランドホテルでは、当時の一号館が半壊し、2年半かけて中央館として再建しました。当時は館内を廊下でつなぐ工事をしている最中で、一部の壁を取り払っており、そのときに大きな地震が来ましたので柱が地下で損壊してしまったんです。
―有馬グランドホテルは、最上階の大浴場が人気のひとつですね。
梶木 当ホテルは高台にありますので、その立地条件を生かしたお風呂を造ろうと何度も話し合いました。「最上階に大浴場を造ろう」というのは、先代の梶木雅夫の強い思いでした。けれどもお風呂を一番上にもっていくというのは、お湯の運搬もそうですし、上に重いものが来るわけですから柱を相当しっかりしたものにしなくてはいけませんから費用もかかりました。しかしお客様には本当に喜んでいただけ、当館の最大の強みとなっています。
社員教育に
茶道の心を取り入れる
―お客様に愛されるために、気を使っていらっしゃる点はどんなところですか。
梶木 先々代である祖母がよく申していたのは、「何度も来たくなる旅館づくり」でした。奇をてらったようなデザインを導入したりというのではなく、有馬のお湯を楽しみに、何度も来ていただけるような運営を心掛けなさいということです。
おもてなしに関していえば、社員たちに茶道を学ばせています。前出の祖母がお茶が好きでして、当ホテルの庭には茶室「雅中庵」もあり、社員には利休の教えを感じながら、日々の接客に生かしてもらいたいという考えがありました。茶道には『利休七則(りきゅうしちそく)』という教えがあり、第一に「茶は服のよきように点て」から始まり、これは、抹茶は飲む人にとってちょうど良くなるように点てなさいという教えで、気配りに通じます。第二に「炭は湯の沸くように置き」という教えです。これはお茶席の時間中は、熱い湯が沸くような炭の焼き方をしなさいということですが、準備を怠らないという宴会の席でのおもてなしに通じます。続く、「夏は涼しく、冬は暖かに」という教えは、料理の器や内容に通じます。そういった教えを参考にさせていただきながら、社員教育をおこなっています。
和のくつろぎと洋の快適性を取り入れた
「和室ツイン」
―21の新しいお部屋「和室ツイン」がオープンしました。
梶木 こちらも、お客様からのご要望にお応えしたものです。高齢化ということもあって、車椅子をご利用されるお客様が増え、今までは畳のお部屋まで車椅子で入ることはお断りさせていただいていたのですが、やはりそういう方にもお部屋でくつろいでいただきたいと。またお布団ではなくベッドで眠りたいというご意見も取り入れました。空間はあくまでも和にこだわって、『和室ツイン』と名付け、和のしつらえのなかにシモンズ製のセミダブルベッドを導入しています。ベッドはツインベッドを並べたハリウッドツインにすることもできますので、この夏休みはご家族でご利用いただいたりもしました。
―今後、リニューアルのご予定はありますか。
梶木 お風呂つきのお部屋を新設することも考えております。お部屋のタイプがいろいろできると、連泊の方も楽しんでいただけるのではないでしょうか。当ホテルは館内に和洋中のレストランがあるので、毎日懐石料理では飽きてしまうな、と思われる連泊の方にも人気です。
―姉妹館である「中の坊瑞苑」の方はいかがでしょうか。
梶木 中の坊瑞苑は、有馬を代表する泉源である「天神泉源」から直接お湯を引いているので、ぜいたくに温泉を楽しんでいただける大人の宿です。よく、ご夫婦は瑞苑に、お孫さんは有馬グランドホテルに泊まって、それぞれ楽しんでいただいたといったお話もうかがいます。瑞苑は12歳以下のお子様のご宿泊はお断りいただいているのですが、実はこれもお客様からのご要望でした。オープン時にはお子様も入っていただけたのですが、お客様に「お宅は有馬グランドホテルもあるんだから、瑞苑は大人がゆっくりできるように考えたらどうか」とおっしゃっていただきましてね、棲み分けを考えるようになったのです。
―梶木社長から見た、有馬温泉の魅力とは。
梶木 一番は、金泉・銀泉の温泉ですね。また、有馬は地の利に恵まれておりまして、神戸から30分、大阪から約40~50分、京都から約1時間という好立地です。そんな中で、春はこぶし、桜、新緑、夏はホタル、秋は紅葉、そして雪景色と、美しい四季にも囲まれています。10回ほど来られた太閤秀吉をはじめ、過去にたくさんの著名な方が有馬を訪れているのには、そういった魅力があったからでしょう。
現在では、湯本坂を中心としたしっとりした温泉街のたたずまいを楽しんでいただけますし、最近ではショップやレストラン、ミュージアムなど楽しいお店も増えました。そして食材にも恵まれ、神戸牛をはじめ、明石直送の魚介類、城崎のカニ、マツタケや山菜など山海の味わいをご提供できます。
―今後のチャレンジは何かお考えですか。
梶木 かつて、先代の時代は、一家の中でお母さんが上げ膳、据え膳すべてを行っていましたから、旅館にご宿泊いただくとお食事からお布団からすべてやってもらえるくつろぎというものを感じていただけました。一方で現代では、旅館はネットですぐにとれますし、ご家族に一台自動車があり、他も便利なことが多く、旅館に期待されることというのも、変わってきていると感じます。現在のライフスタイルに合わせた旅館づくりということを、一番に考えていきたいと思っています。
■有馬グランドホテル
神戸市北区有馬町1304-1
電話078・903・5489(9時~21時)
http://www.arima-gh.jp
梶木 実(かじき みのる)
株式会社 中の坊 代表取締役社長
1969年生まれ。神戸市出身。ウェスタンミシガン大学卒。1997年、株式会社 中の坊入社、2010年より同社代表取締役社長(現職)。趣味は、ゴルフ、読書、旅行。好きな言葉は「一隅を照らす」