2021年
1月号
(実寸タテ18㎝ × ヨコ7㎝)

連載エッセイ/喫茶店の書斎から 56  タカラジェンヌ・千村克子その後

カテゴリ:文化人

今村 欣史
書 ・ 六車明峰

2010年1月号から4月号まで4回にわたって、タカラジェンヌ千村克子のことを本誌に書いた。わたしが偶然入手した彼女のタカラヅカ時代の日記帳四冊をもとにしてのもの。
千村は昭和5年に宝塚少女歌劇の初舞台を踏み、その後、昭和13年に「日・獨・伊親善芸術使節団」の一員として天津乙女などと共に欧州公演に参加している。
日記は、その時のことが記されている貴重なものだった。今は池田文庫(大阪府池田市)に『千村克子渡欧日記』と名付けられて大切に保管されている。ご遺族のお許しを得てわたしが寄贈したのだ。
こんな記述がある。

《ドイツの舞踊学校見學に行きました。この日はドイツの大使がユダヤ人にピストルで撃たれて殺された日なのでユダヤ人のお店は皆つぶされてひどい事になっていました。そしてユダヤ人の教會を焼き払って。私達はその教會の前のビルでおけいこをしていましたがとてもすごいでした。》

この夜のことは後に「水晶の夜」と呼ばれることになる。ドイツ全土でナチスによって一斉にユダヤ人の商店が襲われてショーウィンドウが割られ、その破片が月光に照らされて水晶のように輝いたというのだ。これを機にユダヤ人への迫害が残虐化していったという。
そんな歴史的な場面に、日本からの少女歌劇団が遭遇していて、千村はそれを書き留めていたのである。
後に、この話を知った朝日新聞の記者が、池田文庫に取材に行き、

《タカラジェンヌ、記す 1938年の欧州公演・独でユダヤ人迫害目撃「お店は皆つぶされ…」》

と題して大きな記事にしたこともあった。
ここまでが前置き。その後日談である。
このほど「喫茶・輪」を一人の男性が訪れた。名古屋からである。千和裕之さん(42歳)という。『流れる雲を友に 園井恵子の生涯』(2020年・パブフル刊)の著者である。
園井恵子は、千村克子と同期のタカラジェンヌ。タカラヅカを退団してから映画にも出演し、『無法松の一生』のヒロインとして有名。
しかし彼女は戦時中、慰問団の一員として訪れた広島で原爆に遭い非業の死を遂げている。32歳の若さだった。園井についての資料はたくさんあるが、系統立てて書かれたものを私は知らない。『流れる雲を友に』は園井の初めての評伝。
読んでみて大いに感心した。よくぞこれほど綿密に書かれたものだと。
散逸していた無数の資料を集め、時系列を整理し、文学的に記述していったそのエネルギーと根気に敬意を表するほかない。また遠方各地への取材の労を惜しんでいないのも、評伝文学を志す者なら当然とはいえ改めて敬意を表する次第。
「あとがき」の一部を紹介しよう。

《本文中にもある通り、園井恵子さんの人生をたどる旅路は思いもよらない出来事から始まりました。仕事の訪問先がたまたま園井さんの小学校高等科時代の同級生・渡辺春子さんの家で、それは全くの偶然でした。(略)このような人物の伝記を書く機会に恵まれたことに心から感謝しています。一生を通じて、このような経験は再びできないだろうと感じています。それほど得難い経験でした。》

わたしが千村を書いた時のように偶然から始まっている。
ご苦労されたが、いい経験をされたのだ。この本は園井恵子の資料としても第一級のものとして今後の研究者の役に立つものと、わたしは信じる。
その千和さんが次に興味を持たれたのが、千村克子の人生である。
同じタカラヅカつながりで、本誌にわたしが書いた「千村克子」を読まれてのこと。ということで、「輪」にご来訪下さった。わたしはお願いした。「千和さんが千村さんの評伝を書いてくださいませんか?」と。『流れる雲を友に』を読んだわたしは、この人なら書けると思った。そこで、わたしが所持していた資料をすべて氏に託した。縁のある人の連絡先もお教えした。するとすぐに動かれた。手始めに三宮まで出て来られ、千村の縁者に会われたという。

わたしが11年前に書いた「千村克子」最終回の一部。

《四冊の日記帳を読み通したわたしは、彼女の純粋さ、いじらしさに感動する。ああ、けなげだなあ、かわいいなあ、と。わたしは日記の中の彼女に惚れてしまった。》

さて千和さんは千村克子をどのように書かれるだろうか、楽しみなことである。

(実寸タテ18㎝ × ヨコ7㎝)

■六車明峰(むぐるま・めいほう)

一九五五年香川県生まれ。名筆研究会・編集人。「半どんの会」会計。こうべ芸文会員。神戸新聞明石文化教室講師。

■今村欣史(いまむら・きんじ)

一九四三年兵庫県生まれ。兵庫県現代詩協会会員。「半どんの会」会員。著書に『触媒のうた』―宮崎修二朗翁の文学史秘話―(神戸新聞総合出版センター)、『コーヒーカップの耳』(編集工房ノア)、『完本 コーヒーカップの耳』(朝日新聞出版)ほか。

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