4月号
ノースウッズに魅せられて Vol.09
春の兆し
「そろそろメープルシロップの季節かも。」
友人のウェインに誘われて、手動のドリルとたくさんのポリタンクを持って森に出掛けた。
陽射しは暖かかったが、地面にはまだザラメのような雪が積もっていたので、足にはスノーシューを履き、ポリタンクはそりに載せて、木々の間を歩いて行った。
探していたのはメープル(カエデ)の木。葉をつけたり成長するための糖分を含んだ樹液を集め、40分の1に煮詰めることで、あのトロッとした甘いシロップとなるのだ。
森にはシュガーメープルは見当たらず、レッドメープルしか生えていなかった。糖分の含有量に若干の差があるものの、どちらの樹液からでもシロップを作ることができる。
ウェインはある程度の太さの木を見つけると、幹にドリルで5センチほどの深さの穴を開けた。しかし、乾いた木屑がポロポロと落ちるだけで、樹液は染み出してこない。
「まだ少し早かったかな…。」
周囲を見渡していたぼくは、ふと、梢を走り回っていたアカリスが、急に木の上で動かなくなるのに気がついた。よく見ると、舌を出して枝についた傷から染み出す液体を舐めている。
「ほらあそこ、もう樹液が出ているよ。」
その幹に穴を開けると、湿り気を帯びた木屑が刃先に絡みついた。チューブのついた管の先をその穴に差し込んで、ゆっくりと滴り落ちてくる透き通った液体をポリタンクで受けていく。
アカリスが教えてくれた春の兆し。自然の恵みを、ぼくたち人間も動物も、少しだけ分けてもらう。
2020年5月に新たに公開しました
写真家 大竹英洋 (神戸市在住)
北米の湖水地方「ノースウッズ」をフィールドに、人と自然とのつながりを撮影。主な写真絵本に『ノースウッズの森で』(福音館書店)。『そして、ぼくは旅に出た。』(あすなろ書房)で梅棹忠夫山と探検文学賞受賞。2020年2月、これまでの撮影20年の集大成となる写真集『ノースウッズ 生命を与える大地』(クレヴィス)を刊行した。